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コンゴとアフリカの過去を振りかえ、それらの現状と今後を考えた上で、次の行動へのきっかけになることを願っています。
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おとつい「毎日ブログを書きます」とか言って、昨日は書けなかった。。。。昨日1日中出かけていて、コンゴでJICAの案件で職業訓練所で働いていた友人が帰国したので、夜久々に会い、「カウンターパートのモブツ大臣(そう、かつて独裁者であったモブツ大統領の6番目の息子が今労働大臣なのです!)から、『太巻きをごちそうせずにもう日本に帰るのか』と言われた」などコンゴの話で盛り上がりました。モブツ大臣はよくヨーロッパに行って、好物である日本食を食べているそうです。モブツ大統領が過去にスイスやフランスで購入した別荘(城)に、子供たちは時折行っているのでしょうか。

ところで、6月30日にコンゴの独立50周年を記念に、大通りや記念式が行われた通りには電灯がつき、今はカップルのデート場所にもなっているとか。また人々の表情が明るくなっているらしく、それは「中国が入って助けてくれる」と期待しているからだそうです。

中国は2007年にコンゴ政府との間に総額90億ドル(その後60億ドルに下がる)の契約を結び、これはアフリカにおける1つの投資として最大級のもので、中国がコンゴ国内のインフラ整備をも請け負うのと引き換えに、天然資源を入手することになっています。

この「中国が入るので、コンゴの将来は大丈夫だ」と楽観的な声は以前からよくコンゴ人から聞きますが、本当にそうなのでしょうか。

自分たちで国づくりをするのでなく、外部者が国づくりをする。どんなに外部者がいい援助をしたとしても、長続きしないのは目に見えています。何事も自分が主人公にならないと、友人の早川千晶さんの言葉通り「外からの援助では、現地人は愛着が湧かなく」、したがってどこかでつまづいた時自分たちで解決するのでなく、「また中国人に頼ろう」と依存してしまうからです。(ちなみに私は援助が必ずマイナス要因をもたらすと言っているのではありません。現地の状況によっては援助が必要となる時もありますが、現地のニーズを把握し彼らが決定権をもたすことが大事です)

学ぶこともそうで、カンニングやコピペを通して試験やレポートでいい点を一時的にとっても、そのようなやり方だと一生頭に残らないのは最初からわかっていることです。反対に、苦難を通して(時間がかかったとしても)知識を自分のものにした時の喜びは大きく、また大きな自信となります。私もまだまだ勉強不足ですが、コンゴやルワンダに関する研究で新しいことを学んだ時、そしてそれを人と共有するときは大変エキサイトし、それが「もっと学びたい!」という感情を高ぶるのです。

コンゴ人のことは好きですが、いつまでもこのような依存心を持っていると、残念ながら彼らの将来は明るくないでしょう。自分ら国や人生のシナリオを描いてもらいたいものです。


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プロフィール
HN:
米川正子
性別:
女性
職業:
大学教員
趣味:
旅行、ジョギング、テコンドー、映画鑑賞、読書
自己紹介:
コンゴ民主共和国(コンゴ)やルワンダといったアフリカ大湖地域を中心に、アフリカでの人道支援や紛争・平和構築を専門としています。
過去にリベリア、南ア、ソマリア、タンザニア、ルワンダ、コンゴなどで国連ボランテイアや国連難民高等弁務官事務所職員(UNHCR)として活動。南アの大学院でコンゴ紛争について研究し、2007年―2008年には、コンゴ東部でUNHCRの所長として勤務したこともあり、その経験を活かして現在アドバカシ―に力を入れています。
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