コンゴとアフリカの過去を振りかえ、それらの現状と今後を考えた上で、次の行動へのきっかけになることを願っています。
15年前(1997年)の昨日5月17日は、コンゴの武装勢力AFDL(表向きそうだが、実はルワンダ政府軍がリードをとっていた)がモブツ政権を倒し、32年間の独裁政権から市民を「解放」した日として祝福されました。「解放」という言葉、確かに聞こえはいいのですが、その後のカビラ父大統領(1997-2001年)とカビラ息子大統領政権(2001年―現在)でコンゴの生活が果たして改善したのでしょうか。答えは残念ながら、Noです。
モブツ政権時代と比較するのは難しいかもしれませんが、以前は「オープン」に行われていた人権侵害が、現在は隠れたところでひっそりと行われているという意味では、より悪化しています。例えば2010年6月に殺害された著名なコンゴ人の人権活動家をはじめ他のジャーナリスト等は、モブツ時代よく逮捕されたものの、殺害されることはめったにありませんでした。学問において、現在はモブツ時代より研究費の予算が減り、研究者がひまにしています。教員が研究できないということは、大学では最新の機械(コンピューター)で新しい知識を学生に教えることができず、学ぶモチベーションが失う、そうすると自然に社会も活気が失われます。役所でもパソコンがあればいい方で、まだタイプライターを使っているところも(ところで、今の若者はタイプライターを見たことありますか??)。そして、昨年は国連の人間開発度でコンゴが初めて最下位にランクされました。この人間開発度は1990年代に始まったので、モブツ時代の1970代や1980年代と比較できませんが、その頃のコンゴは、現在のルワンダのようなアフリカのリーダー的存在でした。今の40代以上のコンゴ人は昔の黄金時代と現在の衰えたコンゴを知っているために、大半がコンゴ人の誇りを失っています。
「解放」といえば、ルワンダも1994年7月4日、現政権のRPFが100日間の虐殺を終えたということで、解放の日として祝福されています。しかし前政権に比較して、生活は本当に改善したのでしょうか。一般的によくなったというイメージですが、そうであれば、なぜ今でも亡命するルワンダ人(しかも現政権の高官までが)がいるのか考えてみましょう。
5月8日に、ある売り子が売っていたピーナッツを地元のDefence Forceにとられ、反抗するために焼身したとあるフリー・ジャーナリストが報道していました(政府系のメデイアは報道せず)。その売り子は病院で運ばれたものの保険に入っていなかったので、治療ができなかったとのことです。ルワンダでは焼身事件は初耳です。そのジャーナリストによると、毎月200FW (50円以下)の寄付を現政権にしない人はムチで打たれ、刑務所行きになるなど、権威主義のルワンダでは現政権による脅迫がよく起き、市民はフラストレーションがたまっているとか。前政権時代もさまざまな重大な人権侵害がありましたが、それが現在も続いており、決して生活が改善されたとは言えないかと思います。
解放と祝ったり、また前政権を非難することは簡単ですが、さまざまな視点から持続的な積極的平和が実現したのか、もしそうでなければ、どのような課題が残っているのかを検証する必要があります(これは沖縄「返還」40周年を祝うのと同じことです)
モブツ政権時代と比較するのは難しいかもしれませんが、以前は「オープン」に行われていた人権侵害が、現在は隠れたところでひっそりと行われているという意味では、より悪化しています。例えば2010年6月に殺害された著名なコンゴ人の人権活動家をはじめ他のジャーナリスト等は、モブツ時代よく逮捕されたものの、殺害されることはめったにありませんでした。学問において、現在はモブツ時代より研究費の予算が減り、研究者がひまにしています。教員が研究できないということは、大学では最新の機械(コンピューター)で新しい知識を学生に教えることができず、学ぶモチベーションが失う、そうすると自然に社会も活気が失われます。役所でもパソコンがあればいい方で、まだタイプライターを使っているところも(ところで、今の若者はタイプライターを見たことありますか??)。そして、昨年は国連の人間開発度でコンゴが初めて最下位にランクされました。この人間開発度は1990年代に始まったので、モブツ時代の1970代や1980年代と比較できませんが、その頃のコンゴは、現在のルワンダのようなアフリカのリーダー的存在でした。今の40代以上のコンゴ人は昔の黄金時代と現在の衰えたコンゴを知っているために、大半がコンゴ人の誇りを失っています。
「解放」といえば、ルワンダも1994年7月4日、現政権のRPFが100日間の虐殺を終えたということで、解放の日として祝福されています。しかし前政権に比較して、生活は本当に改善したのでしょうか。一般的によくなったというイメージですが、そうであれば、なぜ今でも亡命するルワンダ人(しかも現政権の高官までが)がいるのか考えてみましょう。
5月8日に、ある売り子が売っていたピーナッツを地元のDefence Forceにとられ、反抗するために焼身したとあるフリー・ジャーナリストが報道していました(政府系のメデイアは報道せず)。その売り子は病院で運ばれたものの保険に入っていなかったので、治療ができなかったとのことです。ルワンダでは焼身事件は初耳です。そのジャーナリストによると、毎月200FW (50円以下)の寄付を現政権にしない人はムチで打たれ、刑務所行きになるなど、権威主義のルワンダでは現政権による脅迫がよく起き、市民はフラストレーションがたまっているとか。前政権時代もさまざまな重大な人権侵害がありましたが、それが現在も続いており、決して生活が改善されたとは言えないかと思います。
解放と祝ったり、また前政権を非難することは簡単ですが、さまざまな視点から持続的な積極的平和が実現したのか、もしそうでなければ、どのような課題が残っているのかを検証する必要があります(これは沖縄「返還」40周年を祝うのと同じことです)
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最近、執筆や他の活動に忙しく、ブログをご無沙汰していました。ここで最近のコンゴやルワンダでの動きをまとめます。ただいつものごとく、時間が経った後で「実はこういうことだったのか」と謎が解けることもありますので、詳しい分析は次回します。
コンゴのカビラ大統領は昨年11月の大統領選挙で、かなりの不正で勝利し、国内・外から非難を浴びていました。そこに今年3月、ICCにてコンゴ人のルバンガ被告が有罪判決を受け、その後、2000年代前半ルバンガと一緒に戦ったンタガンダ(現在コンゴ政府軍の将軍)の逮捕への圧力が一気に高まりました。2006年以降ICCからの逮捕状がありながらも、戦争犯のンタガンダは「正義より平和」という理由(言い訳)で、今までコンゴ政府から保護されていました。選挙とンタガンダの逮捕が重なり、国際社会によるコンゴへの不信感が強まる中、ピンチに立ったカビラ大統領はンタガンダを逮捕することにしました。それはICCへの引き渡しではなく、コンゴの司法で裁くことですが、コンゴの司法制度は機能しておらず、単に乱れを鎮めようとする政治的演出にしか見えません。
そのンタガンダ派(CNDP:下記参照)とコンゴ政府軍との間で戦闘があり(後者が前者を捕まえるためか?)、ンタガンダは自分の農場を離れ、ビルンガ国立公園を通過して、ルワンダとの国境の方に逃亡しているそうです。その農場には、何と隠された25トンの武器が見つかったとか!(そういえば、ロシア人の武器商人Viktor Boutが昨年逮捕されましたが、彼もコンゴ東部の戦争に関わっていたんですよね。下記のURLを参照)
http://www.guardian.co.uk/world/2012/apr/05/viktor-bout-sentenced-25-years-prison
そして、CNDP・コンゴ政府軍の脱走兵がM23(March 23, 2009に「和平合意」が結ばれたことから)というmovementをつくり、マケンガ大佐がそのトップになったこと(=マケンガ大佐がンタガンダ将軍の後継者になった)が6日付でCNDPから発表がありました。このM23の目的は表向き、コンゴ政府軍の待遇がよくなかっただの、コンゴ政府が和平合意の内容を尊重しなかったために、統合を放棄してコンゴ政府と再交渉するためだとCNDPは述べていますが、真の目的はンタガンダ将軍を保護するためだと言われています。
2009年3月の「和平合意」(注:和平とあるので誤解を与えますが、政府軍や武装勢力にとっての「チープな一時的な和平」と読んでください。また和平合意が結ばれると、紛争の終了を意味する印象を与えますが、それは政府や国際社会の勝手な解釈であり、現場では紛争が続いていることがよくあります。)によると、CNDPはコンゴ政府軍に統合され、正式に政党になっています。ンタガンダもCNDPからコンゴ政府軍に入り、その際にコンゴ政府軍の将軍に昇進したのですが、CNDPの軍事部門は事実上廃止されていなく、コンゴ政府軍とCNDPによるparallel administrationが続いていました。ちなみに、このンタガンダ将軍の肩書は、ジャーナリストによって、あるいは見方によって書き方が違うんですね。「コンゴ政府軍の将軍」、「CNDPの将軍」、「Ex-CNDPの将軍」。ややこしいのですが、どれも正解です!
上記の戦闘で、4月29日以降、新たに50万人の避難民が発生しました。昨年12月の時点でコンゴ全国に170万人いたのですが、今年3月現在で200万人に増えています。私がコンゴ東部にいた2007-8年、数の浮き沈みはありましたが、コンゴ全国の避難民数は約130万人(そのうち私が担当していた北キブ州は85万人)だったので、その時と比べると1.5倍に増えたことになります。この数だけで判断できませんが、状況は全然改善されていないことだけは言えるでしょう。この避難民の中には1994年から何回も避難している人もおり、その度に学校が休校になり、仕事もできず、夜はブッシュの中で過ごし(家にいると軍人に襲われる危険性があるため)、彼らのことを考えると、胸が痛み怒りを覚えます。ルワンダに難民化したコンゴ人も5000人ほどいて、これも2007年以来初めてのことです。逃亡・避難することが日常化し、不安定な生活を約20年続けて、現地の人はかなりのストレスを抱えています(ところで、なぜルワンダとコンゴ内に避難する組に分かれるかというと、前者はツチで、後者がフツだからです。2007年の文民の動きも、同様でした)
時々思うのですが、人を殺害したり傷づけると罪になりますが、人災で人を避難させることは罪にならないのはなぜでしょうか(今の福島も同様)。避難中にいろんな理由で亡くなる人がいるのですが、単なる(自己責任?の)事故としか見られません。市民の生命権を含む人権をもっと真剣に考えなくては!
ルワンダのカガメ大統領は最近のJeune Afriqueのインタビューで、ンタガンダ事件はコンゴの国内問題で我々と関係ないと述べました。ンタガンダ将軍がルワンダ人で(ICCの逮捕状を参照)、国連からtravel ban(移動の禁止)されていたのにもかかわらず、よくルワンダに行き来し(2011年の国連報告書等を参照)、またルワンダ政府がCNDPを支援しているのですが(2008年の国連報告書等を参照)!?ルワンダ政府は、コンゴに軍事的より政治的解決法を求め、ルワンダ政府が「仲介役」として介入してもいいと提言していますが、これまでコンゴに軍事的介入しかしなかったルワンダの動きがこれから気になります。
コンゴのカビラ大統領は昨年11月の大統領選挙で、かなりの不正で勝利し、国内・外から非難を浴びていました。そこに今年3月、ICCにてコンゴ人のルバンガ被告が有罪判決を受け、その後、2000年代前半ルバンガと一緒に戦ったンタガンダ(現在コンゴ政府軍の将軍)の逮捕への圧力が一気に高まりました。2006年以降ICCからの逮捕状がありながらも、戦争犯のンタガンダは「正義より平和」という理由(言い訳)で、今までコンゴ政府から保護されていました。選挙とンタガンダの逮捕が重なり、国際社会によるコンゴへの不信感が強まる中、ピンチに立ったカビラ大統領はンタガンダを逮捕することにしました。それはICCへの引き渡しではなく、コンゴの司法で裁くことですが、コンゴの司法制度は機能しておらず、単に乱れを鎮めようとする政治的演出にしか見えません。
そのンタガンダ派(CNDP:下記参照)とコンゴ政府軍との間で戦闘があり(後者が前者を捕まえるためか?)、ンタガンダは自分の農場を離れ、ビルンガ国立公園を通過して、ルワンダとの国境の方に逃亡しているそうです。その農場には、何と隠された25トンの武器が見つかったとか!(そういえば、ロシア人の武器商人Viktor Boutが昨年逮捕されましたが、彼もコンゴ東部の戦争に関わっていたんですよね。下記のURLを参照)
http://www.guardian.co.uk/world/2012/apr/05/viktor-bout-sentenced-25-years-prison
そして、CNDP・コンゴ政府軍の脱走兵がM23(March 23, 2009に「和平合意」が結ばれたことから)というmovementをつくり、マケンガ大佐がそのトップになったこと(=マケンガ大佐がンタガンダ将軍の後継者になった)が6日付でCNDPから発表がありました。このM23の目的は表向き、コンゴ政府軍の待遇がよくなかっただの、コンゴ政府が和平合意の内容を尊重しなかったために、統合を放棄してコンゴ政府と再交渉するためだとCNDPは述べていますが、真の目的はンタガンダ将軍を保護するためだと言われています。
2009年3月の「和平合意」(注:和平とあるので誤解を与えますが、政府軍や武装勢力にとっての「チープな一時的な和平」と読んでください。また和平合意が結ばれると、紛争の終了を意味する印象を与えますが、それは政府や国際社会の勝手な解釈であり、現場では紛争が続いていることがよくあります。)によると、CNDPはコンゴ政府軍に統合され、正式に政党になっています。ンタガンダもCNDPからコンゴ政府軍に入り、その際にコンゴ政府軍の将軍に昇進したのですが、CNDPの軍事部門は事実上廃止されていなく、コンゴ政府軍とCNDPによるparallel administrationが続いていました。ちなみに、このンタガンダ将軍の肩書は、ジャーナリストによって、あるいは見方によって書き方が違うんですね。「コンゴ政府軍の将軍」、「CNDPの将軍」、「Ex-CNDPの将軍」。ややこしいのですが、どれも正解です!
上記の戦闘で、4月29日以降、新たに50万人の避難民が発生しました。昨年12月の時点でコンゴ全国に170万人いたのですが、今年3月現在で200万人に増えています。私がコンゴ東部にいた2007-8年、数の浮き沈みはありましたが、コンゴ全国の避難民数は約130万人(そのうち私が担当していた北キブ州は85万人)だったので、その時と比べると1.5倍に増えたことになります。この数だけで判断できませんが、状況は全然改善されていないことだけは言えるでしょう。この避難民の中には1994年から何回も避難している人もおり、その度に学校が休校になり、仕事もできず、夜はブッシュの中で過ごし(家にいると軍人に襲われる危険性があるため)、彼らのことを考えると、胸が痛み怒りを覚えます。ルワンダに難民化したコンゴ人も5000人ほどいて、これも2007年以来初めてのことです。逃亡・避難することが日常化し、不安定な生活を約20年続けて、現地の人はかなりのストレスを抱えています(ところで、なぜルワンダとコンゴ内に避難する組に分かれるかというと、前者はツチで、後者がフツだからです。2007年の文民の動きも、同様でした)
時々思うのですが、人を殺害したり傷づけると罪になりますが、人災で人を避難させることは罪にならないのはなぜでしょうか(今の福島も同様)。避難中にいろんな理由で亡くなる人がいるのですが、単なる(自己責任?の)事故としか見られません。市民の生命権を含む人権をもっと真剣に考えなくては!
ルワンダのカガメ大統領は最近のJeune Afriqueのインタビューで、ンタガンダ事件はコンゴの国内問題で我々と関係ないと述べました。ンタガンダ将軍がルワンダ人で(ICCの逮捕状を参照)、国連からtravel ban(移動の禁止)されていたのにもかかわらず、よくルワンダに行き来し(2011年の国連報告書等を参照)、またルワンダ政府がCNDPを支援しているのですが(2008年の国連報告書等を参照)!?ルワンダ政府は、コンゴに軍事的より政治的解決法を求め、ルワンダ政府が「仲介役」として介入してもいいと提言していますが、これまでコンゴに軍事的介入しかしなかったルワンダの動きがこれから気になります。
コンゴとルワンダ間の国境に位置するキブ湖に、石油の実地踏査が行われ、6月に結果がでるとのことです。石油が確認されれば、ケニア、ウガンダに引き続き、東アフリカにおいて、ルワンダが3番目の石油発見国となると、ルワンダの新聞は伝えています。
http://www.newtimes.co.rw/news/index.php?i=14974&a=52916
それにしても偶然でしょうか、最近この地域では、石油「発見」の報道が多いようです。
今年3月に、キブ湖の北に位置するヴィルンガ国立公園(アフリカ最古で、世界では2番目に古い国立公園。マウンテンゴリラの生息地)でも、イギリスの石油会社、SOCO Internationalが石油の実地踏査をすることになり、自然団体が抗議しました。2007年頃、ヴィルンガ国立公園の北に位置するアルバート湖でも石油が発見されましたし、その後、キブ湖の南に位置するタンガニーカ湖でも石油の実地踏査が行われています。この地域はまさに、Great Rift Valley(大地溝帯)という特異な地形でつながっています(だから火山が多くある)。
それはともかく、この東アフリカにおける石油「発見」とイラン産原油問題と照らし合わせても、あまりにもタイムリーではありませんか。本当に今になって発見したのでしょうか。そして、このキブ湖の石油を巡ってまた紛争が起きるかも?それでなくても、キブ湖にあるメタンガスが爆発する危険性もゼロではありません。あーまた研究材料が増えてしまった。。。
http://www.newtimes.co.rw/news/index.php?i=14974&a=52916
それにしても偶然でしょうか、最近この地域では、石油「発見」の報道が多いようです。
今年3月に、キブ湖の北に位置するヴィルンガ国立公園(アフリカ最古で、世界では2番目に古い国立公園。マウンテンゴリラの生息地)でも、イギリスの石油会社、SOCO Internationalが石油の実地踏査をすることになり、自然団体が抗議しました。2007年頃、ヴィルンガ国立公園の北に位置するアルバート湖でも石油が発見されましたし、その後、キブ湖の南に位置するタンガニーカ湖でも石油の実地踏査が行われています。この地域はまさに、Great Rift Valley(大地溝帯)という特異な地形でつながっています(だから火山が多くある)。
それはともかく、この東アフリカにおける石油「発見」とイラン産原油問題と照らし合わせても、あまりにもタイムリーではありませんか。本当に今になって発見したのでしょうか。そして、このキブ湖の石油を巡ってまた紛争が起きるかも?それでなくても、キブ湖にあるメタンガスが爆発する危険性もゼロではありません。あーまた研究材料が増えてしまった。。。
ウガンダ専門家である小川真吾さんが『ぼくらのアフリカに戦争がなくならないのはなぜ?』という著書を出版しました。おめでとうございます!もっと早くこのブログで紹介したかったのですが、バタバタしていて、その時間がありませんでした。私の著書『世界最悪の紛争「コンゴ」』も参考文献として活用してくださって、ありがとうございます。
http://www.terra-r.jp/contents/?blogid=12&catid=48&itemid=287
ウガンダと言えば、3月以降アメリカのNGO・Invisible Childrenが製作した”Kony 2012”の動画で有名になった武装勢力LRAのリーダーKonyの国です。、対Konyの掃討作戦という名目上、アメリカ政府はウガンダの石油や周辺国の天然資源を狙っているのではないかと疑われています。ウガンダの北にある南スーダンでも、やはり石油をめぐって現在、スーダンと武力紛争が続いています。小川さんの本は、これらの国々の戦争の背景を扱っているので、まさにタイムリーで、学びたい人はぜひ読んでくださいね!もちろん日本とも無関係ではないことです。
http://www.terra-r.jp/contents/?blogid=12&catid=48&itemid=287
ウガンダと言えば、3月以降アメリカのNGO・Invisible Childrenが製作した”Kony 2012”の動画で有名になった武装勢力LRAのリーダーKonyの国です。、対Konyの掃討作戦という名目上、アメリカ政府はウガンダの石油や周辺国の天然資源を狙っているのではないかと疑われています。ウガンダの北にある南スーダンでも、やはり石油をめぐって現在、スーダンと武力紛争が続いています。小川さんの本は、これらの国々の戦争の背景を扱っているので、まさにタイムリーで、学びたい人はぜひ読んでくださいね!もちろん日本とも無関係ではないことです。
ここのところ、コンゴ東部では緊張感が一気に高まっています。Thomas Lubanga(ルバンガ)被告人が3月14日に国際刑事裁判所‐ICC-で有罪判決を受けた後(ICCが10年前に設立されて初めてのケース!)、2002年コンゴ北東部で彼と一緒に犯罪行為に関わってきたBosco Ntaganda(ンタガンダ)をICCに引き渡すようにという圧力がコンゴ政府にかかっているからです。ンタガンダはTerminate(終結させる、暗殺する)することで有名なため、あだ名は“Terminator“で、2006年にICCに起訴されています。しかしそれ以来、彼はテニスやおいしい食事を楽しむ優雅な生活を送りながら、コンゴ政府軍の将軍を務めています。
ンタガンダのICCへの引き渡しキャンペーンが繰り広げている中(アメリカ政府もンタガンダの引き渡しに関してコンゴ政府にプレッシャーを与えていますが、そのアメリカ政府もICCの締約国ではないのだから、説得力がない!)、4月1日―2日の夜、コンゴ政府軍(正確には元CNDPから)から300人が脱走したというニュースがありました。2009年に反政府勢力のCNDP等がコンゴ政府軍に統合して以降、CNDPは政党になったということですが、ルワンダ政府から支援を受け取っているCNDPの影響力は事実上まだ強く、CNDPの軍事部門はまだ存在しています。だから、CNDPとコンゴ政府軍の「並行行政」(parallel administration)が続いていることになります(ややこしい!)。
コンゴ政府軍の将軍 (およびCNDPの軍事リーダー) に昇進したンタガンダのICCへの引き渡しによって、和平どころか紛争に戻るというメッセージ(つまりjusticeではなくpeaceの方が優先されるという議論)を国際社会に伝えるために、表面上「脱走」があったと言われています。あるいは、ンタガンダが自分の防衛のために、部下と一緒に逃げた行為が「脱走」として報道されただけかもしれません。その行為の動機は明らかではありませんが、これによって5000人以上の市民がウガンダに避難しました。コンゴ政府軍の中にも、ウガンダに避難した人がいるとか。私がコンゴ東部にいた2007-8年の際も、人々の動きが激しかったのですが、それが繰り返されているんですね。いつも犠牲にされている、本当にかわいそうな一般市民!!
なぜコンゴ政府がンタガンダをICCに引き渡さないのか?ンタガンダの逮捕で、コンゴの(見せかけの)和平に問題が生じるという口実がコンゴ政府によって使われてきましたが、真の理由は、コンゴのカビラ大統領とンタガンダの間に「密約」が結ばれていて、後者は前者によって守られてきたんですね。そのカビラ大統領が4月11日、いきなりンタガンダを逮捕すると言い出しました。しかしそれはICCへの引き渡しという意味合いではなく、あくまでもコンゴ国内で逮捕するということです。おそらくンタガンダの問題がやっかいになり、アクションをとりたかったのでしょう。それでなくても昨年11月の大統領選挙では不正が数多く報道され、また選挙後未だに新政府が設置されていなく、国際社会によるコンゴ不信が強まっています。ンタガンダの上司のンクンダが2009年にルワンダで軟禁されたように、同じような目にあうかもしれません。しかし、ンタガンダと違ってンクンダはICCからの逮捕状がなかったので、軟禁が現実的に可能なのか?
それにしても、このICCへの引き渡しキャンペーンをフォローして違和感を持つのは、そもそもンタガンダはコンゴ人ではなくルワンダ人であり、本来ならルワンダ政府がICCに引き渡すべきことです。ンタガンダがルワンダ国籍であることは、ICCの逮捕状に言及されています(5ページ参照)
http://www.hrw.org/sites/default/files/2006-icc-warrant-ntaganda.PDF
しかし、なぜルワンダ政府はICCへの引き渡しができないのか?ルワンダがICCに調印していないから?またンタガンダはルワンダ人なのに、なぜコンゴ政府軍の将軍なのかという疑問も持たれるでしょう。それがこの両国の複雑な背景を物語っているんですね。下記のHRWのプレス・リリースでわかるように、ンタガンダはルワンダ生まれで、ツチへの差別から逃れるためにコンゴに移住し、ルワンダ現政権(RPF)がまだ反政府勢力であった1990年に加盟し、その後ルワンダ政府軍やコンゴ政府軍で活動しています。このように、ルワンダ人が自分の都合によって両国を越境し、それぞれの政府軍で活動する、またルワンダ系コンゴ人の国籍がはっきりしないという異常なことがこの地域では当たり前になっています。それには、天然資源の搾取とも絡んでいて、だからこそ紛争が絶えないのです。
http://www.hrw.org/news/2012/04/13/dr-congo-arrest-bosco-ntaganda-icc-trial
それにしてもICCから起訴されて6年経って、やっと国際社会が本格的に動き出しのですから、本当にそののろさにあきれます。もっと早急にンタガンダを逮捕していたなら、何千人、何万人の犠牲者が出てこなかったでしょう。そういう意味では、国連などは不必要に犠牲者を生んでしまったという意味では、犯罪者ですね。”Responsibility to Protect (R2P)(保護する責任)”、”Human security(人間の安全保障)“、”Humanitarian action/intervention”(人道的介入)など国際社会は美化した概念づくりに専念したり、都合によってnon-interference(内政不干渉)だとか、sovereignty(国家主権)という口実で責任逃れをしています。市民の保護や持続的な平和にとって効果的な行動は何かをよく考え、非暴力な手段で早急に移してほしいものです。
ンタガンダのICCへの引き渡しキャンペーンが繰り広げている中(アメリカ政府もンタガンダの引き渡しに関してコンゴ政府にプレッシャーを与えていますが、そのアメリカ政府もICCの締約国ではないのだから、説得力がない!)、4月1日―2日の夜、コンゴ政府軍(正確には元CNDPから)から300人が脱走したというニュースがありました。2009年に反政府勢力のCNDP等がコンゴ政府軍に統合して以降、CNDPは政党になったということですが、ルワンダ政府から支援を受け取っているCNDPの影響力は事実上まだ強く、CNDPの軍事部門はまだ存在しています。だから、CNDPとコンゴ政府軍の「並行行政」(parallel administration)が続いていることになります(ややこしい!)。
コンゴ政府軍の将軍 (およびCNDPの軍事リーダー) に昇進したンタガンダのICCへの引き渡しによって、和平どころか紛争に戻るというメッセージ(つまりjusticeではなくpeaceの方が優先されるという議論)を国際社会に伝えるために、表面上「脱走」があったと言われています。あるいは、ンタガンダが自分の防衛のために、部下と一緒に逃げた行為が「脱走」として報道されただけかもしれません。その行為の動機は明らかではありませんが、これによって5000人以上の市民がウガンダに避難しました。コンゴ政府軍の中にも、ウガンダに避難した人がいるとか。私がコンゴ東部にいた2007-8年の際も、人々の動きが激しかったのですが、それが繰り返されているんですね。いつも犠牲にされている、本当にかわいそうな一般市民!!
なぜコンゴ政府がンタガンダをICCに引き渡さないのか?ンタガンダの逮捕で、コンゴの(見せかけの)和平に問題が生じるという口実がコンゴ政府によって使われてきましたが、真の理由は、コンゴのカビラ大統領とンタガンダの間に「密約」が結ばれていて、後者は前者によって守られてきたんですね。そのカビラ大統領が4月11日、いきなりンタガンダを逮捕すると言い出しました。しかしそれはICCへの引き渡しという意味合いではなく、あくまでもコンゴ国内で逮捕するということです。おそらくンタガンダの問題がやっかいになり、アクションをとりたかったのでしょう。それでなくても昨年11月の大統領選挙では不正が数多く報道され、また選挙後未だに新政府が設置されていなく、国際社会によるコンゴ不信が強まっています。ンタガンダの上司のンクンダが2009年にルワンダで軟禁されたように、同じような目にあうかもしれません。しかし、ンタガンダと違ってンクンダはICCからの逮捕状がなかったので、軟禁が現実的に可能なのか?
それにしても、このICCへの引き渡しキャンペーンをフォローして違和感を持つのは、そもそもンタガンダはコンゴ人ではなくルワンダ人であり、本来ならルワンダ政府がICCに引き渡すべきことです。ンタガンダがルワンダ国籍であることは、ICCの逮捕状に言及されています(5ページ参照)
http://www.hrw.org/sites/default/files/2006-icc-warrant-ntaganda.PDF
しかし、なぜルワンダ政府はICCへの引き渡しができないのか?ルワンダがICCに調印していないから?またンタガンダはルワンダ人なのに、なぜコンゴ政府軍の将軍なのかという疑問も持たれるでしょう。それがこの両国の複雑な背景を物語っているんですね。下記のHRWのプレス・リリースでわかるように、ンタガンダはルワンダ生まれで、ツチへの差別から逃れるためにコンゴに移住し、ルワンダ現政権(RPF)がまだ反政府勢力であった1990年に加盟し、その後ルワンダ政府軍やコンゴ政府軍で活動しています。このように、ルワンダ人が自分の都合によって両国を越境し、それぞれの政府軍で活動する、またルワンダ系コンゴ人の国籍がはっきりしないという異常なことがこの地域では当たり前になっています。それには、天然資源の搾取とも絡んでいて、だからこそ紛争が絶えないのです。
http://www.hrw.org/news/2012/04/13/dr-congo-arrest-bosco-ntaganda-icc-trial
それにしてもICCから起訴されて6年経って、やっと国際社会が本格的に動き出しのですから、本当にそののろさにあきれます。もっと早急にンタガンダを逮捕していたなら、何千人、何万人の犠牲者が出てこなかったでしょう。そういう意味では、国連などは不必要に犠牲者を生んでしまったという意味では、犯罪者ですね。”Responsibility to Protect (R2P)(保護する責任)”、”Human security(人間の安全保障)“、”Humanitarian action/intervention”(人道的介入)など国際社会は美化した概念づくりに専念したり、都合によってnon-interference(内政不干渉)だとか、sovereignty(国家主権)という口実で責任逃れをしています。市民の保護や持続的な平和にとって効果的な行動は何かをよく考え、非暴力な手段で早急に移してほしいものです。
やはりというべきか、Kony 2012のviral videoを作成して一躍有名になったInvisible ChildrenというNGOは、ウガンダ政府とアメリカ政府と連携していたんですね。下記のウィーキーリークスをお読みください。
http://blackstarnews.com/news/135/ARTICLE/8090/2012-04-08.html
このKony 2012をめぐって様々な批評があり、その中でも下記の批評"Accountability, not awareness"は的確な指摘をしていると思います。
http://www.aljazeera.com/indepth/opinion/2012/04/201247943869166.html
このKony 2012が公表されてから、さまざまな疑問がありました。
LRAの問題は過去26年間続いているのに、なぜ現在(2012年)問題視するのか。なぜLRAという武装勢力だけがターゲットされているのか(アフリカで問題になっている武装勢力(政府軍も含む)はLRAだけではない)?またなぜこのKony 2012がこれだけ有名になったのか?
LRAは以前ウガンダ北部とスーダン南部にいましたが、2006年からコンゴ、そして中央アフリカ共和国に展開しています。スーダン、コンゴと中央アフリカ共和国の共通点は?そう、天然資源が豊富なことです。加えて、数年前にウガンダとコンゴの国境にあるアルバート湖等で石油が発見されたこともあり、アメリカ政府にとってほっとけない地域であります。1カ国だけでなく、クロスボーダーで活動している武装勢力は他にありますが、上記のような戦略的な地域で活動しているのは私が知る限りLRAだけなので、LRAを口実に使っているのでしょう。
対LRAの掃討作戦のために(名目上、しかし目的は石油)、オバマ大統領は昨年10月米軍100人をウガンダに派遣し、彼のライバルから批判を受けました。選挙キャンペーンを行っている今、市民の支援が必要としているため、対LRA軍事作戦を促進しているInvisible Childrenを戦略的に活用した可能性があります。
そもそも人道的な目的があるはずのNGOがKonyだけを悪者扱いし、アメリカ軍が介入しないと、ウガンダの子供を救うことができない、また軍事介入が平和に貢献するという間違ったメッセージをアメリカ人の若者に出しているところが怪しい。過去の教訓を見ても、軍事介入によって子供を含む文民は必ず殺されています。人道支援者として、本当に怒りを感じます。このようなプロパガンダに振りまわされることのないよう、皆さん気をつけて下さい。
http://blackstarnews.com/news/135/ARTICLE/8090/2012-04-08.html
このKony 2012をめぐって様々な批評があり、その中でも下記の批評"Accountability, not awareness"は的確な指摘をしていると思います。
http://www.aljazeera.com/indepth/opinion/2012/04/201247943869166.html
このKony 2012が公表されてから、さまざまな疑問がありました。
LRAの問題は過去26年間続いているのに、なぜ現在(2012年)問題視するのか。なぜLRAという武装勢力だけがターゲットされているのか(アフリカで問題になっている武装勢力(政府軍も含む)はLRAだけではない)?またなぜこのKony 2012がこれだけ有名になったのか?
LRAは以前ウガンダ北部とスーダン南部にいましたが、2006年からコンゴ、そして中央アフリカ共和国に展開しています。スーダン、コンゴと中央アフリカ共和国の共通点は?そう、天然資源が豊富なことです。加えて、数年前にウガンダとコンゴの国境にあるアルバート湖等で石油が発見されたこともあり、アメリカ政府にとってほっとけない地域であります。1カ国だけでなく、クロスボーダーで活動している武装勢力は他にありますが、上記のような戦略的な地域で活動しているのは私が知る限りLRAだけなので、LRAを口実に使っているのでしょう。
対LRAの掃討作戦のために(名目上、しかし目的は石油)、オバマ大統領は昨年10月米軍100人をウガンダに派遣し、彼のライバルから批判を受けました。選挙キャンペーンを行っている今、市民の支援が必要としているため、対LRA軍事作戦を促進しているInvisible Childrenを戦略的に活用した可能性があります。
そもそも人道的な目的があるはずのNGOがKonyだけを悪者扱いし、アメリカ軍が介入しないと、ウガンダの子供を救うことができない、また軍事介入が平和に貢献するという間違ったメッセージをアメリカ人の若者に出しているところが怪しい。過去の教訓を見ても、軍事介入によって子供を含む文民は必ず殺されています。人道支援者として、本当に怒りを感じます。このようなプロパガンダに振りまわされることのないよう、皆さん気をつけて下さい。
18年前の今日、4月7日はルワンダ虐殺が始まった日です。これを機に、ルワンダにおける加害者と犠牲者間の和解について真剣に考えてみましょう。確かにガチャガチャという伝統的な(司法?)システムはありますが、元議会議長Joseph Sebarenzi(現ルワンダ政権に睨まれ、現在アメリカに亡命中)によると、これらは単なる「みせかけ」(window-dressing)で、真の和解はまだルワンダにないと言っています。
http://www.theproxylake.com/wp-content/uploads/2012/03/RWANDA-THE-FUNDAMENTAL-OBSTACLES-TO-RECONCILIATION.pdf
虐殺の生存者である彼は、真実と和解委員会の設立を訴え、虐殺中殺されたツチだけでなくフツの犠牲者についても語る必要があると主張しています。彼の著書God Sleeps in Rwandaを読むと、非暴力で和解を実現しようとする彼の誠実さがよくわかりますので、関心がある人はぜひお読みください。
http://www.theproxylake.com/wp-content/uploads/2012/03/RWANDA-THE-FUNDAMENTAL-OBSTACLES-TO-RECONCILIATION.pdf
虐殺の生存者である彼は、真実と和解委員会の設立を訴え、虐殺中殺されたツチだけでなくフツの犠牲者についても語る必要があると主張しています。彼の著書God Sleeps in Rwandaを読むと、非暴力で和解を実現しようとする彼の誠実さがよくわかりますので、関心がある人はぜひお読みください。
1994年の今日4月6日に、ルワンダでは大統領専用機の撃墜事件があり、その数時間後に虐殺が始まった歴史的な日です。あれから18年が経ちましたが、ルワンダ虐殺がコンゴに与えた負の遺産(コンゴ戦争)はいまだに残っており、現在、民族対立を伴う緊張感が高まっています。
2002-3年のコンゴ北東部における児童兵の徴集若しくは編入又は敵対行為のための使用という戦争犯罪で、3月14日、ルバンガ被告人は国際刑事裁判所(ICC)によって有罪の判決が言い渡されました。2002年のICC発足以来,ICCが下した最初の判決でしたので、世界は「待ってました!」とばかりの大騒ぎ。ところが、その一方で、2002年ルバンガと共に活動してきたボスコ・ンタガンダ氏は2006年、ICCから逮捕状が出ているのにもかかわらず、この6年間コンゴ政府から守られながら優雅な生活を送ってきました。現在、そのンタガンダ氏をICCに引き渡せという国際的な圧力がコンゴ政府にかかっています。
そんな中、コンゴ東部の少数民族であるツチ・コミュニティー(上記のンタガンダ氏もツチ)が国連事務総長に下記の内容の手紙を送りました。
この手紙を読んで、落ち込んでしまいました。私は大湖地域の「平和構築」を現場でまた遠くから過去数年フォローしてきて、単なる「パッチワーク」であることをわかっていましたが、また紛争が再燃する可能性がでてきたようです。この(紛争や虐殺の)「犠牲者意識」(victimhood)問題はツチだけでなく、日本人も同様にあります。原爆の被害については話すのに、日本人が隣国でした加害者行為は忘れている、無視している、あるいはそもそもその加害者の意識がない。そしてその犠牲者意識が政治的なツールとして使われているから、紛争が続くんですね。もちろんイスラエル・パレスチナ問題もそう。本当にやりきれない気持ちで一杯です。そんな現状を研究者、実務家、政策立案者や学生はもっと知った上で、非暴力的なかつ持続的な問題解決策についてもっと激論すべきです。
2002-3年のコンゴ北東部における児童兵の徴集若しくは編入又は敵対行為のための使用という戦争犯罪で、3月14日、ルバンガ被告人は国際刑事裁判所(ICC)によって有罪の判決が言い渡されました。2002年のICC発足以来,ICCが下した最初の判決でしたので、世界は「待ってました!」とばかりの大騒ぎ。ところが、その一方で、2002年ルバンガと共に活動してきたボスコ・ンタガンダ氏は2006年、ICCから逮捕状が出ているのにもかかわらず、この6年間コンゴ政府から守られながら優雅な生活を送ってきました。現在、そのンタガンダ氏をICCに引き渡せという国際的な圧力がコンゴ政府にかかっています。
そんな中、コンゴ東部の少数民族であるツチ・コミュニティー(上記のンタガンダ氏もツチ)が国連事務総長に下記の内容の手紙を送りました。
- ツチはコンゴにおいて、差別されてきた少数民族であること
- ンタガンダ氏はCNDP(ルワンダ政府が支援しているコンゴの元武装勢力。現在は表面上コンゴ政府軍に統合された)のメンバー全員にコンゴ政府軍に統合するように動員し、またコンゴの和平に貢献したこと
- 2002年コンゴ北東部で起きたことは、(紛争ではなく)ツチに対する(現地ではヘマと言われる)「虐殺」であったこと。
- このような対ツチへの悪行為は現在も続き、様々なアクターがンタガンダ氏をコンゴの軍人というよりツチとして注視していること;そして、
- ンタガンダ氏が逮捕されると、コンゴ東部や大湖地域の状況が悪化すること
この手紙を読んで、落ち込んでしまいました。私は大湖地域の「平和構築」を現場でまた遠くから過去数年フォローしてきて、単なる「パッチワーク」であることをわかっていましたが、また紛争が再燃する可能性がでてきたようです。この(紛争や虐殺の)「犠牲者意識」(victimhood)問題はツチだけでなく、日本人も同様にあります。原爆の被害については話すのに、日本人が隣国でした加害者行為は忘れている、無視している、あるいはそもそもその加害者の意識がない。そしてその犠牲者意識が政治的なツールとして使われているから、紛争が続くんですね。もちろんイスラエル・パレスチナ問題もそう。本当にやりきれない気持ちで一杯です。そんな現状を研究者、実務家、政策立案者や学生はもっと知った上で、非暴力的なかつ持続的な問題解決策についてもっと激論すべきです。
今から2年前にコンゴ人の著名な人権活動家(Floribert Chebeya)が殺されたのですが、今朝その未亡人のインタビューを読んで涙がほろり。本当に悔しく、何もできない無力感に堕ちいてしまいます。
http://www.jeuneafrique.com/Article/JA2673p086-087.xml0/?utm_source=feedburner&utm_medium=twitter&utm_campaign=Feed%3A+jeune_afrique_Culture+%28Jeune+Afrique+Culture%29
言論の自由がないコンゴでは、国外に亡命する人権活動家やジャーナリストが多いのですが、チェベヤ氏はコンゴに居残ることにこだわり、モブツの独裁時代から25年間にわたって、正義のために闘った勇敢な人として有名でした。腰の重い国連事務総長でさえ彼の死に関する声明を発表したのですから、彼の死がコンゴやアフリカだけでなく、国際社会においてどれだけショッキングなものであったのかわかるでしょう。残念ながら日本では知られていません。。。アフリカというと、ビジネスの可能性、援助、貧困、エイズの大陸としか報道されていませんが、人権問題、特に現地の人たちがどれだけ命がけで闘っている様子も伝えてほしいものです!
それはともかく、その彼の死に関するドキュメンタリーが今日フランスで公開され、それに先立って未亡人がインタビューされました。現在6人の子供とカナダに亡命しており、上の子供2人は父親のように司法関連の仕事に就きたいだの、今でも脅迫を受けるだの話しています。彼女自身将来コンゴに戻りたいのですが、不処罰がある限り難しいだろうと言っています。
日本では、3/11後に、ふるさとへの想い、故郷を離れるつらさなどがよく話題になっていますが、当然のごとく、状況によってはそんな簡単に帰ることはできません。また難民や亡命者という地位がなくても、同様な状況にいる人もたくさんいるのです。外国に留学しているとき母国の政情が変動し、帰ることができなくなった人、または滞在ビザを得るために、現地人の人と(強制的に)結婚した人は大勢いるでしょう。そういう人たちは難民として登録されていないために、UNHCRの数に上がりませんが、我々が考えている以上に大勢いることでしょう。
彼らが母国に自由に帰国できるように、単に物資的や精神的な支援だけでなく、上記の不処罰といった、腐った構造を一から変えることをしなくてはなりません。国づくりや復興への協力の際に、reconstruction やrehabilitationという言葉が使われていますが、re(再)というパッチワークのような業務をするのではなく、最悪の場合、まず既存の構造やシステムを破壊することから始めなくてはなりません。国家主権の問題になるから国際社会はそこまでできないと言われそうですが、難民や亡命者のことを考えると、そこまでやる必要があるのでは?でないと、ますます難民、亡命者や移民は増え、失業や経済格差が生まれ、社会への不満がたまる一方になるかもしれません。これはもちろん日本の政治体制にもあてはまることです。(まとまりのない文章になったことをお詫びします)
http://www.jeuneafrique.com/Article/JA2673p086-087.xml0/?utm_source=feedburner&utm_medium=twitter&utm_campaign=Feed%3A+jeune_afrique_Culture+%28Jeune+Afrique+Culture%29
言論の自由がないコンゴでは、国外に亡命する人権活動家やジャーナリストが多いのですが、チェベヤ氏はコンゴに居残ることにこだわり、モブツの独裁時代から25年間にわたって、正義のために闘った勇敢な人として有名でした。腰の重い国連事務総長でさえ彼の死に関する声明を発表したのですから、彼の死がコンゴやアフリカだけでなく、国際社会においてどれだけショッキングなものであったのかわかるでしょう。残念ながら日本では知られていません。。。アフリカというと、ビジネスの可能性、援助、貧困、エイズの大陸としか報道されていませんが、人権問題、特に現地の人たちがどれだけ命がけで闘っている様子も伝えてほしいものです!
それはともかく、その彼の死に関するドキュメンタリーが今日フランスで公開され、それに先立って未亡人がインタビューされました。現在6人の子供とカナダに亡命しており、上の子供2人は父親のように司法関連の仕事に就きたいだの、今でも脅迫を受けるだの話しています。彼女自身将来コンゴに戻りたいのですが、不処罰がある限り難しいだろうと言っています。
日本では、3/11後に、ふるさとへの想い、故郷を離れるつらさなどがよく話題になっていますが、当然のごとく、状況によってはそんな簡単に帰ることはできません。また難民や亡命者という地位がなくても、同様な状況にいる人もたくさんいるのです。外国に留学しているとき母国の政情が変動し、帰ることができなくなった人、または滞在ビザを得るために、現地人の人と(強制的に)結婚した人は大勢いるでしょう。そういう人たちは難民として登録されていないために、UNHCRの数に上がりませんが、我々が考えている以上に大勢いることでしょう。
彼らが母国に自由に帰国できるように、単に物資的や精神的な支援だけでなく、上記の不処罰といった、腐った構造を一から変えることをしなくてはなりません。国づくりや復興への協力の際に、reconstruction やrehabilitationという言葉が使われていますが、re(再)というパッチワークのような業務をするのではなく、最悪の場合、まず既存の構造やシステムを破壊することから始めなくてはなりません。国家主権の問題になるから国際社会はそこまでできないと言われそうですが、難民や亡命者のことを考えると、そこまでやる必要があるのでは?でないと、ますます難民、亡命者や移民は増え、失業や経済格差が生まれ、社会への不満がたまる一方になるかもしれません。これはもちろん日本の政治体制にもあてはまることです。(まとまりのない文章になったことをお詫びします)
野田首相が核安保サミットで演説する、福島原発事故の3つの教訓で呆れてしまいました。(1)想定外を想定する(2)現場をおろそかにしない(3)安全確保は不断の取り組み、が「教訓」なのですが、これって「常識」ではなかったのでしょうか。もちろんこれは原発に限って言っていることで、私が働いてきた人道支援や緊急事態の場と違うかもしれませんが、地震大国にいる我々市民としては、当然認識するべきことでしょう。
「絶対的な安全などあり得ない」のは、原発だけでなく、どの分野においても当たり前のことです。また「知見と教訓を将来に語り継ぐことが歴史に対する責任」だと訴えるそうですが、それを言うのなら、戦後の不処罰は解決されていないだけでなく、公立校の授業で教えることも禁止されています。リップサービスだけで終わるのではなく、有言実行してほしいものですね。
それにしても、なぜ教訓として大きな政策を出せないのでしょうか。こんなちっぽけな「教訓」をサミットで演説して、日本の代表者として恥ずかしくないのでしょうか。今朝の朝日新聞が指摘していたように、世界の中で日本がどんどん疎外されているのがよく理解できます。立教大学長が「大学は考える場である」と述べていましたが、教育者としてその責任感を痛感しています。将来教訓と常識を混乱したり、深く考えることができない社会人を生み出さないためにも、私ももっと努力をしないと!
「絶対的な安全などあり得ない」のは、原発だけでなく、どの分野においても当たり前のことです。また「知見と教訓を将来に語り継ぐことが歴史に対する責任」だと訴えるそうですが、それを言うのなら、戦後の不処罰は解決されていないだけでなく、公立校の授業で教えることも禁止されています。リップサービスだけで終わるのではなく、有言実行してほしいものですね。
それにしても、なぜ教訓として大きな政策を出せないのでしょうか。こんなちっぽけな「教訓」をサミットで演説して、日本の代表者として恥ずかしくないのでしょうか。今朝の朝日新聞が指摘していたように、世界の中で日本がどんどん疎外されているのがよく理解できます。立教大学長が「大学は考える場である」と述べていましたが、教育者としてその責任感を痛感しています。将来教訓と常識を混乱したり、深く考えることができない社会人を生み出さないためにも、私ももっと努力をしないと!
今月のDAYS JAPANに興味深い記事があったので、思わず購入してしまいました。小出裕章さんの「原発は犯罪である」。
「日本が法治国家であるならば、日本政府は法律を守るのは最低限のルール」と説き、チャップリンの「殺人狂時代」という映画の中にあった、殺人を犯した人間のセリフ「一人を殺せば殺人者だが、百万人を殺せば英雄だ」を引用しています。そして「日本政府がこんな被害を生じさせても、英雄とは言わないまでも誰も処罰されない、だれも責任を問われないのです」と小出さんはつづっています。
これは原発問題だけでなく、まさにコンゴとルワンダ、その他の紛争(後)の国でも起きていることと同じです。ICCが逮捕しているのはプチ戦争犯罪人ばかりで、リーダー格の戦争犯罪人は英雄であり、豪華な生活を過ごしており、かつ外国のジャーナリストや政治家からもちやほやされています。
私はこのブログで、そして講演などでしつこいほど、この不処罰(impunity)について話しているのですが、アフリカの遠い国だけでなく、日本でも起きていることなのです。もちろん今に始まったことではなく、戦後の処理に関しても同じ。気づいている人は多くないのですが、それって平和ボケしているせいでしょうか。
そもそも原発問題を「事故」として注視するから誤解を与えるのであって、上杉隆さんが言うように、「事件」としてみると、犯罪であることがわかります。問題の責任者は誰であるかも含めて、もっともっとこの不処罰に注目しましょう。
「日本が法治国家であるならば、日本政府は法律を守るのは最低限のルール」と説き、チャップリンの「殺人狂時代」という映画の中にあった、殺人を犯した人間のセリフ「一人を殺せば殺人者だが、百万人を殺せば英雄だ」を引用しています。そして「日本政府がこんな被害を生じさせても、英雄とは言わないまでも誰も処罰されない、だれも責任を問われないのです」と小出さんはつづっています。
これは原発問題だけでなく、まさにコンゴとルワンダ、その他の紛争(後)の国でも起きていることと同じです。ICCが逮捕しているのはプチ戦争犯罪人ばかりで、リーダー格の戦争犯罪人は英雄であり、豪華な生活を過ごしており、かつ外国のジャーナリストや政治家からもちやほやされています。
私はこのブログで、そして講演などでしつこいほど、この不処罰(impunity)について話しているのですが、アフリカの遠い国だけでなく、日本でも起きていることなのです。もちろん今に始まったことではなく、戦後の処理に関しても同じ。気づいている人は多くないのですが、それって平和ボケしているせいでしょうか。
そもそも原発問題を「事故」として注視するから誤解を与えるのであって、上杉隆さんが言うように、「事件」としてみると、犯罪であることがわかります。問題の責任者は誰であるかも含めて、もっともっとこの不処罰に注目しましょう。
今日は大学で卒業式があり、とても華やかです。しかしそれとは裏腹に私の心はどんよりしており、かつ怒りに満ちています。なぜなら、先週以降、コンゴ東部からいやーなニュースが入ってきているからです。
現在コンゴ東部では、コンゴ政府軍が対FDLR(ルワンダ反政府勢力ー1994年のルワンダ虐殺の首謀者が中心につくった組織)掃討作戦を新たに行なっているのですが、これがどうもFDLRではなく、市民をターゲットしているようです。下記の記事を参照してください(フランス語)。
http://www.lepotentiel.com/afficher_article.php?id_edition=&id_article=121727
市民を追い出すのは、軍人による天然資源へのアクセスのためでしょうか。先日twitterでも流したある記事によると、コンゴ東部・北キブ州にあるビルンガ国立公園には石油があるようで、イギリスの企業がその調査をすることになりました。もし石油の存在が確認されたら、ますますこの地域は無人・無動物(マウンテン・ゴリラも含む)になるかもしれません。
この掃討作戦は2009年1月に本格的に始まりました。ルワンダ政府にとって脅威の存在ではないFDLRを、なぜルワンダ政府軍がこの時点でわざわざ越境して、国交関係がなかったコンゴ政府軍と組んで対FDLR掃討作戦をする必要があったのか。著書『世界最悪の紛争「コンゴ」』には、政治的、そして経済的理由(=ルワンダ政府による、コンゴの天然資源のアクセス)と書きましたが、実は他にも理由があったことに先週気が付きました。
1996-7年のコンゴ戦争の際に、ルワンダ政府軍やコンゴ反政府勢力(ルワンダやウガンダが支援)が市民や難民に対して「虐殺」に値する行為を行ったという内容の国連報告書Mapping Reportが、2010年10月に公表されました。この報告書は「虐殺」という単語を使用したために、世界(日本を除く。。何とも情けない。。)で大きな話題になりました。ルワンダ虐殺以降、急スピードで復興・開発に力を入れ、ルワンダは「アフリカのサクセス・ストーリー」と称賛されるようになったのですが、この報告書はそのイメージに打撃を打ったことになります。
この調査チームは2008後半から2009年前半にコンゴ全国に滞在したのですが、1996年の「虐殺行為」の目撃者、あるいは国連チームに既に証言をした人を消す必要があったらしく、2009年1月に始まった表向き対FDLR掃討作戦は、実は証人を殺害するためだったらしいのです。市民が「軍人対象の掃討作戦にまぎれて」、犠牲になっていたのではなく、最初からターゲットにされていたのです。
そして恐ろしいことに、その市民殺害の掃討作戦を、国連「平和」維持活動隊(PKO)が裏で支援していたのです。2009年から今まで。当然その国連「平和」維持活動には我々の税金も使われています。ですから、我々も間接的にその市民殺害にかかわっていることになりそうです。
上記を聞いて、気が狂うのは私だけでないはずです。いったい何のための国連PKOなのか。「平和」構築とは何なのか。今コンゴ東部の元同僚や知人と連絡し、何とかそれを止めようとしています。日本や他の地域にいる皆さんも、知恵をぜひ貸して下さい。
現在コンゴ東部では、コンゴ政府軍が対FDLR(ルワンダ反政府勢力ー1994年のルワンダ虐殺の首謀者が中心につくった組織)掃討作戦を新たに行なっているのですが、これがどうもFDLRではなく、市民をターゲットしているようです。下記の記事を参照してください(フランス語)。
http://www.lepotentiel.com/afficher_article.php?id_edition=&id_article=121727
市民を追い出すのは、軍人による天然資源へのアクセスのためでしょうか。先日twitterでも流したある記事によると、コンゴ東部・北キブ州にあるビルンガ国立公園には石油があるようで、イギリスの企業がその調査をすることになりました。もし石油の存在が確認されたら、ますますこの地域は無人・無動物(マウンテン・ゴリラも含む)になるかもしれません。
この掃討作戦は2009年1月に本格的に始まりました。ルワンダ政府にとって脅威の存在ではないFDLRを、なぜルワンダ政府軍がこの時点でわざわざ越境して、国交関係がなかったコンゴ政府軍と組んで対FDLR掃討作戦をする必要があったのか。著書『世界最悪の紛争「コンゴ」』には、政治的、そして経済的理由(=ルワンダ政府による、コンゴの天然資源のアクセス)と書きましたが、実は他にも理由があったことに先週気が付きました。
1996-7年のコンゴ戦争の際に、ルワンダ政府軍やコンゴ反政府勢力(ルワンダやウガンダが支援)が市民や難民に対して「虐殺」に値する行為を行ったという内容の国連報告書Mapping Reportが、2010年10月に公表されました。この報告書は「虐殺」という単語を使用したために、世界(日本を除く。。何とも情けない。。)で大きな話題になりました。ルワンダ虐殺以降、急スピードで復興・開発に力を入れ、ルワンダは「アフリカのサクセス・ストーリー」と称賛されるようになったのですが、この報告書はそのイメージに打撃を打ったことになります。
この調査チームは2008後半から2009年前半にコンゴ全国に滞在したのですが、1996年の「虐殺行為」の目撃者、あるいは国連チームに既に証言をした人を消す必要があったらしく、2009年1月に始まった表向き対FDLR掃討作戦は、実は証人を殺害するためだったらしいのです。市民が「軍人対象の掃討作戦にまぎれて」、犠牲になっていたのではなく、最初からターゲットにされていたのです。
そして恐ろしいことに、その市民殺害の掃討作戦を、国連「平和」維持活動隊(PKO)が裏で支援していたのです。2009年から今まで。当然その国連「平和」維持活動には我々の税金も使われています。ですから、我々も間接的にその市民殺害にかかわっていることになりそうです。
上記を聞いて、気が狂うのは私だけでないはずです。いったい何のための国連PKOなのか。「平和」構築とは何なのか。今コンゴ東部の元同僚や知人と連絡し、何とかそれを止めようとしています。日本や他の地域にいる皆さんも、知恵をぜひ貸して下さい。
昨夜のTBSドラマ「運命の人」(最終回)に感動・興奮し、涙涙なしでは観ることができませんでした。コンゴ民主共和国(コンゴ)東部等の現場や現地の犠牲者を思い出してしまい、それが新たに私にコンゴとルワンダの(紛争)権力と闘う勇気とモチベーションを与えてくれました。
ドラマ最終回は舞台が沖縄で、学びが多くありました。まず最大の学び(再確認)は、現地の人の痛みを理解することの重要性です。日本政府を相手に、長年東京で沖縄問題について闘ってきた弓成(元)記者が、権威に負けてしまい、心身ともにぼろぼろになり、沖縄に向かいました。そこで生活する中、初めて沖縄県民の傷の深さと直面し、「自分は沖縄県民のことを知らずに、(東京で)記事を書き続けてきた」と反省したのです。
私は10年間以上現場で働き、紛争や政治の犠牲者である難民や国内避難民の支援や保護に携わってきましたが、その経験があったからこそ、現在啓蒙や研究活動に力を入れることができると思っています。だから弓成記者が言ったセリフはよく理解できるのです。現場を訪れずに(あるいは訪問しても数分だけ現地の人と会話を交わし、それで自己満足する)、現地の状況に関して執筆できる人がいますが、私に想像力が欠けているのかあるいは見るまで関心が高まらないのか、現場の雰囲気やにおい、人々の表情を知らないまま、そして現地の人の話を直接聞かないまま、啓蒙・研究活動をすることは無理でしょう。当然のごとく、長年の現場経験があるから現状を把握しているとは言えませんし(現場と言っても、人によっては、自宅―事務所―ゴルフ場だけ回っている人もおり、現地の生活を知らない)、現場に行きたくてもいろんな事情で行けない人もいるので、現場行きが必修だと言いませんが、機会があれば行ってもらいたいものです。また私はUNHCR 職員という「外部者」として関わってきたので、現地の者(内部者)の深い痛みは理解していないでしょうし、一生理解できないかもしれません。それでも理解しようと努力はしたと自負しています。
私の専門分野である平和構築に関して、「その第一歩は、他人の痛みを知ることから始まる」とある韓国人歴史学者が言っていましたが、私もそれに強く同感します。現在大学で関わっているグローバル人材育成も、世間で言われている、コミュニケーション能力・リーダーシップ・問題解決力だけでなく、まさしく「他者(特に社会的に、また政治的に弱い立場の人の痛み)を理解する」能力が必要です。沖縄問題だけでなく、原発・放射能問題、紛争、貧困、環境問題や、日本政府や国際社会で働く頭でっかちのエリート層を見ていると、つくづくそう感じます。他者の痛みを理解するためには、座学だけでなく、ボランテイアや社会経験等が必要となり、その機会を増やそうと現在努めています。
最後にドラマで出てきた米軍兵士によるレイプの被害者は、「世界のレイプの中心地」と呼ばれているコンゴ東部の性的暴力の被害者のことを思い出させてしまい、同様に、傲慢な態度の米軍と人道支援機関の姿も重ねて見てしまいました。コンゴ東部は人道支援機関が数多くあるのですが、地方政府の役人がいないところで人道支援機関だけで集まって現地の人道問題について議論し、重要事項を決定していました。その光景はまるで「植民地」や「帝国」のようで、自分たちの国であるかのようなふるまいでした(詳細は著書『世界最悪の紛争「コンゴ」』の第9章を参照)。これは開発の分野でも同様でしょう。
TBSの皆さん、このような大大大ヒット作を作成し、本当にありがとうございました。これをきっかけに、弓成記者のような勇敢で正義にあふれる人間が増えること、そして日本のメデイアが国民のために情報公開することを願っています。
昨日(3月14日)コンゴの武装勢力元指導者、トマス・ルバンガ(Thomas Lubanga)被告に有罪評決が下されました。1999-2003年のコンゴ大戦の際に、15歳未満の子どもを戦闘要員として徴集し、利用した罪が問われていました。国際刑事裁判所(ICC)で公判が行われたのは2002年設立以来初めてでしたので、アフリカの人権問題をほとんど触れない日本のメディアもさすがに報道しました。
http://news.infoseek.co.jp/article/afpbb_2865206
大変喜ばしいことですが、10年間で一人しか評決されていないことを考えると、これから戦争犯罪人が何人評決されるのかと心配です!その前にそもそも逮捕されるのかという基本的な問題もあります。上記のルバンガ被告は単なる「プチ戦争犯罪人」であり、彼以上の戦争犯罪の責任者は多数いるのです。その一人がボスコ・ンタガンダで、このプログでも数回紹介しましたが、彼がルワンダのカガメ大統領と連結しているとNew York Timesに明記されています。ただしその関わり方に関する詳細は書かれていませんが。。。
http://kristof.blogs.nytimes.com/2012/03/14/bosco-2012-while-we-hunt-kony-another-indicted-war-criminal-lives-a-life-of-leisure/
当然のことですが、プチ戦争犯罪人一人を評決してもコンゴと周辺国に戦争の責任者や戦争の構造が残っている限り、状況は全然変化しないどころか、ネットワークが時間と共にグローバル化し、悪化することもあります。Global Peace Index 2011によると、平和でない国のランキングに ソマリア、イラク、スーダン、アフガニスタン、北朝鮮に次いで、コンゴは6番目にランキングされています。
http://www.visionofhumanity.org/wp-content/uploads/2011/05/2011-Fact-Sheet.pdf
国際社会の間では、コンゴは一応「正式に」戦争は終わっていることになっているのですが、現地ではそうではありません。持続的な平和と安定をもたらすために、皆さん、引き続きいろんな知恵の共有をお願いします。
ウガンダ反政府軍のLRA(神の抵抗軍)のリーダー・コニー(Joseph Kony)を逮捕といった”Kony 2012”のムーブメントが数日前から世界に広がっているのをご存知でしょうか。アンジェーリナ・ジョリなどのスターも応援しています。下記の動画をご参照ください。
http://www.youtube.com/watch?gl=JP&hl=ja&v=xyiMDKr2lsM
LRAは子供兵の徴兵したり、子供たちの顔の一部を切断するので有名です。以前ウガンダ北部で活動していましたが、2007年ごろからコンゴ北東部や中央アフリカにも展開し、2008年のクリスマスにもChristmas massacreと呼ばれた、市民に対する殺害を行っています。もちろんそのような行為は現在も続いています。
LRAの逮捕は重要ですし、このキャンペーンを始めたInvisible Childrenの皆様には大変感謝しています。しかしこの動画で残念なのは、単に「コニーは悪者だ!捕まえろ!」といったメッセージしかなく、なぜコニーが紛争を続けているのかに関しては何の説明もされていないことです。当然のことですが、紛争を始めるのも長期化(ウガンダの場合20年以上も!)するのも何かの理由があるからであり、ウガンダの場合はgrievance(ウガンダ北部が南部や西部に比べると開発が進まず排除されているという不満等)の要因が強いと言われています。ですから例えコニーが逮捕されたとしても、「南北格差の問題」が続く限り、コニーの代行者が生まれる可能性があります。
また注意しなければならないのは、ウガンダにおける悪者はコニー一人だけではなく、ウガンダ政府軍も相当の悪行為に関与していることです。そして大湖地域(ウガンダ、コンゴ民主共和国、ルワンダ、ブルンジ)における大勢の戦争犯も同時に逮捕しなければ、この地域には平和と安定は絶対にきません。その戦争犯の中には政府の高官や政府軍もおり、国連報告書にも彼らの汚名が着せられたり、国際刑事裁判所(ICC)によって指名手配されていますが、ほとんど進展がありません。国際機関などがどこまで政治的意思があるのか、正直疑問です。
http://www.youtube.com/watch?gl=JP&hl=ja&v=xyiMDKr2lsM
LRAは子供兵の徴兵したり、子供たちの顔の一部を切断するので有名です。以前ウガンダ北部で活動していましたが、2007年ごろからコンゴ北東部や中央アフリカにも展開し、2008年のクリスマスにもChristmas massacreと呼ばれた、市民に対する殺害を行っています。もちろんそのような行為は現在も続いています。
LRAの逮捕は重要ですし、このキャンペーンを始めたInvisible Childrenの皆様には大変感謝しています。しかしこの動画で残念なのは、単に「コニーは悪者だ!捕まえろ!」といったメッセージしかなく、なぜコニーが紛争を続けているのかに関しては何の説明もされていないことです。当然のことですが、紛争を始めるのも長期化(ウガンダの場合20年以上も!)するのも何かの理由があるからであり、ウガンダの場合はgrievance(ウガンダ北部が南部や西部に比べると開発が進まず排除されているという不満等)の要因が強いと言われています。ですから例えコニーが逮捕されたとしても、「南北格差の問題」が続く限り、コニーの代行者が生まれる可能性があります。
また注意しなければならないのは、ウガンダにおける悪者はコニー一人だけではなく、ウガンダ政府軍も相当の悪行為に関与していることです。そして大湖地域(ウガンダ、コンゴ民主共和国、ルワンダ、ブルンジ)における大勢の戦争犯も同時に逮捕しなければ、この地域には平和と安定は絶対にきません。その戦争犯の中には政府の高官や政府軍もおり、国連報告書にも彼らの汚名が着せられたり、国際刑事裁判所(ICC)によって指名手配されていますが、ほとんど進展がありません。国際機関などがどこまで政治的意思があるのか、正直疑問です。
2月のルワンダ・フィールドワークの際に、ルワンダ国立大学のCenter for Conflict Management(CCM)で1994年のルワンダ虐殺に関する興味深い話を聞きました。大学機関は直接虐殺に加担していないものの、学長や副学長が個人レベルで学生を虐殺に動員したとか(その副学長は現在カナダに亡命中)。本大学は、1994年前に存在していた唯一の国立大学で、政治家やエリートがかなり卒業しています。もし大学が「正しい教育」をしていたなら、虐殺を予防できたか、あるいは少なくとも被害を最小限に留めることができたかもしれないとのことでした。虐殺後は、二度と虐殺や紛争を再燃しないことが大学の役割や課題として挙げられるようになり、本CCMが設立されたとのことです。
ルワンダ虐殺ではメディア(ラジオ)が市民を動員していたことはよく知られている話ですが、大学の役割に関して聞いたこともなかったので、大学の教員としてショッキングな話でした。
今日東日本大震災の1周年を迎え、日本全国だけでなく、世界各地で追悼式やイベントが行われています。これを機会に、将来の日本や世界を背負う若い世代に「正しい教育」をする大学の役割に関して、もっと考えるべきでしょう。単に学生が知識を蓄えたり、学生が上(先生や上司)から言われたことをコツコツこなすだけでなく、学生がいろんな問題(戦争、虐殺、原発や環境等)に関して、論理的にかつ批判的に考え議論し、行動することが必要となります。
現在大学の秋入学の話に集中していますが、もっと教育の質や学習方法について議論すべきで、それは私が尊敬する教員らの学生に対する誠実で真剣な態度から証明できます。指導教員によって学生の成長ぶりが全然変わり、教員の責任や影響力の重さを改めて痛感しました。自身の研究テーマでもある紛争予防のためにも、私も人材育成を通して少しでも貢献できれば嬉しいです。
ルワンダ虐殺ではメディア(ラジオ)が市民を動員していたことはよく知られている話ですが、大学の役割に関して聞いたこともなかったので、大学の教員としてショッキングな話でした。
今日東日本大震災の1周年を迎え、日本全国だけでなく、世界各地で追悼式やイベントが行われています。これを機会に、将来の日本や世界を背負う若い世代に「正しい教育」をする大学の役割に関して、もっと考えるべきでしょう。単に学生が知識を蓄えたり、学生が上(先生や上司)から言われたことをコツコツこなすだけでなく、学生がいろんな問題(戦争、虐殺、原発や環境等)に関して、論理的にかつ批判的に考え議論し、行動することが必要となります。
現在大学の秋入学の話に集中していますが、もっと教育の質や学習方法について議論すべきで、それは私が尊敬する教員らの学生に対する誠実で真剣な態度から証明できます。指導教員によって学生の成長ぶりが全然変わり、教員の責任や影響力の重さを改めて痛感しました。自身の研究テーマでもある紛争予防のためにも、私も人材育成を通して少しでも貢献できれば嬉しいです。
中国のアフリカ進出が数年前から話題になっていますが、それはビジネスだけでなく、最近はメデイア(テレビのCCTV)の分野においてもそうです。今までBBC, Radio France Internationalなどに依存していた現地の人たちが、これから違った視点から世界の情報収集することになるのです(Jeune Afrique, 2012年2月12-18日号)。
確かに中国のアフリカ進出に関しては、人権侵害や環境破壊の問題などが伴い、場所によってはあまり歓迎されていません。そもそもアフリカ進出はいろんな背景があり(人口の増加で住む土地が中国にない、雇用がない、あるいは自由がない、アフリカの資源を狙って等)、選択肢がないまま行っており、アフリカのために考えて働いている人は実際に少数でしょう。また中国政府が行っている援助は質が問題となっている場合もあります(特にインフラ)。それでも中国のスピードとハンガリー精神(いい意味での)には見習う必要があるかもしれません。
日本の開発機関はそれに比べて本当に遅い。。。計画を立ててから案件が終わるまで数年かかるのはざらです。人権や環境などの配慮をしているため慎重になるのはわかるのですが、遠い日本からアフリカに数回派遣団を送って(再)確認するなら、現状をよく知っている現地NGOを活用した方が効率的です。それを言うと、「現地にはいい人材がいないから」と言われるのですが、とんでもない、いい人材は必ずいます!
日本の若者よ、中国のマネをせよと言いませんし、アフリカのみが進出する場所ではありませんが、世界の人々の痛みを理解し、世界の視野に活躍する人になってください。日本人(特に外交官)は以前3S(sleep,smile,silent)と呼ばれ、国際会議ではまさに意見を述べないことで悪評を受けていましたが(注意:よく英語ができないからという理由(=口実)を使う人がいるのですが、日本語でさえ論理的に意見を述べることができない人もいるので、この言い訳は通じない)、これからspeedに加えて、strategic, strict, speak upの3Sでアイデア・政策で勝負しましょう!もちろん私自身も心身ともに(まだ)若者なので、これは自分に対するメッセージでもあります。
確かに中国のアフリカ進出に関しては、人権侵害や環境破壊の問題などが伴い、場所によってはあまり歓迎されていません。そもそもアフリカ進出はいろんな背景があり(人口の増加で住む土地が中国にない、雇用がない、あるいは自由がない、アフリカの資源を狙って等)、選択肢がないまま行っており、アフリカのために考えて働いている人は実際に少数でしょう。また中国政府が行っている援助は質が問題となっている場合もあります(特にインフラ)。それでも中国のスピードとハンガリー精神(いい意味での)には見習う必要があるかもしれません。
日本の開発機関はそれに比べて本当に遅い。。。計画を立ててから案件が終わるまで数年かかるのはざらです。人権や環境などの配慮をしているため慎重になるのはわかるのですが、遠い日本からアフリカに数回派遣団を送って(再)確認するなら、現状をよく知っている現地NGOを活用した方が効率的です。それを言うと、「現地にはいい人材がいないから」と言われるのですが、とんでもない、いい人材は必ずいます!
日本の若者よ、中国のマネをせよと言いませんし、アフリカのみが進出する場所ではありませんが、世界の人々の痛みを理解し、世界の視野に活躍する人になってください。日本人(特に外交官)は以前3S(sleep,smile,silent)と呼ばれ、国際会議ではまさに意見を述べないことで悪評を受けていましたが(注意:よく英語ができないからという理由(=口実)を使う人がいるのですが、日本語でさえ論理的に意見を述べることができない人もいるので、この言い訳は通じない)、これからspeedに加えて、strategic, strict, speak upの3Sでアイデア・政策で勝負しましょう!もちろん私自身も心身ともに(まだ)若者なので、これは自分に対するメッセージでもあります。
著書『世界最悪の紛争「コンゴ」』の初版から1年半以上経ち、今月二刷が発行されます。初版のものを校正し(間違った、あるいは誤解を招きやすい情報が多少入っていました。読者のみなさん、申し訳ございませんでした)、本の帯には国際人権NGO・ヒューマンライツウォッチ日本代表の土井香苗さんの推薦を頂きました。香苗さん、ありがとうございます!またこれを機に、さまざまな形で本の支援をしてくださった創成社や家族、友人や同僚にもお礼を申し上げます。
初版を読んだ学生や友人は、必ずと言っていいほど「ジャマイカ人の彼氏との出会いが面白かった」という感想から始めます。この本はタイトルから見てもわかるようにコンゴのことが書かれていて、ジャマイカ人の彼のことは数行しかないのですが、皆の関心事が恋愛に集中するのは世界共通ですね。。。実は初版では勇気がなくて彼とのやりとりの一部しか書けなかったのですが、二刷では少し新しい情報を付け加えました。とても恥ずかしいのですが、国際理解や人種差別との闘いに役立つかもしれませんので、もし関心があれば、ぜひ読んでみてください!
初版を読んだ学生や友人は、必ずと言っていいほど「ジャマイカ人の彼氏との出会いが面白かった」という感想から始めます。この本はタイトルから見てもわかるようにコンゴのことが書かれていて、ジャマイカ人の彼のことは数行しかないのですが、皆の関心事が恋愛に集中するのは世界共通ですね。。。実は初版では勇気がなくて彼とのやりとりの一部しか書けなかったのですが、二刷では少し新しい情報を付け加えました。とても恥ずかしいのですが、国際理解や人種差別との闘いに役立つかもしれませんので、もし関心があれば、ぜひ読んでみてください!
ルワンダのフィールドワーク(宇都宮大学生と他大学生計8人を引率)から2月25日に帰国し、内容の濃いルワンダの滞在について書きたいと思いつつ、大学内外の細かい作業に追われ、なかなかブログを書く暇がありませんでした。今週末予定の講演の準備があるので、詳細は今度書くとして、ここではどうしても若者に伝えたいことがあります。
ルワンダでは私が引率者ということもあり、いろんなところで交渉しなければならなかったのですが、その度に学生から「先生の交渉力すごい」「そんなことも交渉していいんですか」と驚かれました。私にとって特別なことではなく普通のことだったので、その驚きでこちらの方がショックを受けてしまいました。交渉の事例を3つ挙げましょう。
①郊外に行った際に一緒に来てくれた旅行会社のガイドが、現地人のガイド料を新たに請求してくるので、「こちらはガイド料は前もって支払いしたので、そちらで処理してください」とお願いした。
② あるレストランで学生数名がオーダーした野菜スープが水のようだったので苦情を言うと、スープらしいものに換えてくれた(最初の店員は「これがうちのスープの味だから」と取り扱ってくれなかったが、マネージャーに再びクレームを言うと、理解しすぐに取り換えてくれた)
③あるNGOとの面会の際に貧困地帯があると言ったので、「もし明日時間があればそこにガイドしていただけませんか」とお願いすると、了解して下さった。
②に関しては、数名の学生が「私だったらあそこまで言わず、友人と文句だけ言っていた」と言っていたのですが、お金を払っている客として親切心でレストラン側に問題があることを伝えただけです。それによって、将来レストランは二度と同じミスを犯さないように努力することでしょう。③は確かにずうずうしいお願いかもしれませんが(しかも相手は初対面の人)、せっかく遠い日本からいろんなことを学びに来ているのに、この機会を逃したら損です!しかも貧困問題に関心がある学生もいたので、その人のためにもお願いしました。また、そのNGOとしても深刻な問題を他者に見せることで、他者から助言がもらえるかもしれなく、解決策につながるかもしれません。
結局、学生は私が「関西人」だから交渉に慣れているという結論につなげたのですが、本当にそうなのでしょうか。よくよく自分の人生をふりかえると、交渉しなければならない状況が、仕事(難民の保護)や私生活(自分の安全のために、また途上国での買い物の際に値切りをする)でよくあったから、自然と交渉することを学んだかと思います。現在、平和ボケしてしまった日本では、交渉をしなくても生けていけるかもしれませんが、外国の危険・不安定地域では、交渉力=サバイバル力につながりますので、皆さん、ぜひ普段の生活において、ハンガリー精神を持ちながら交渉することを心がけましょう。
ルワンダでは私が引率者ということもあり、いろんなところで交渉しなければならなかったのですが、その度に学生から「先生の交渉力すごい」「そんなことも交渉していいんですか」と驚かれました。私にとって特別なことではなく普通のことだったので、その驚きでこちらの方がショックを受けてしまいました。交渉の事例を3つ挙げましょう。
①郊外に行った際に一緒に来てくれた旅行会社のガイドが、現地人のガイド料を新たに請求してくるので、「こちらはガイド料は前もって支払いしたので、そちらで処理してください」とお願いした。
② あるレストランで学生数名がオーダーした野菜スープが水のようだったので苦情を言うと、スープらしいものに換えてくれた(最初の店員は「これがうちのスープの味だから」と取り扱ってくれなかったが、マネージャーに再びクレームを言うと、理解しすぐに取り換えてくれた)
③あるNGOとの面会の際に貧困地帯があると言ったので、「もし明日時間があればそこにガイドしていただけませんか」とお願いすると、了解して下さった。
②に関しては、数名の学生が「私だったらあそこまで言わず、友人と文句だけ言っていた」と言っていたのですが、お金を払っている客として親切心でレストラン側に問題があることを伝えただけです。それによって、将来レストランは二度と同じミスを犯さないように努力することでしょう。③は確かにずうずうしいお願いかもしれませんが(しかも相手は初対面の人)、せっかく遠い日本からいろんなことを学びに来ているのに、この機会を逃したら損です!しかも貧困問題に関心がある学生もいたので、その人のためにもお願いしました。また、そのNGOとしても深刻な問題を他者に見せることで、他者から助言がもらえるかもしれなく、解決策につながるかもしれません。
結局、学生は私が「関西人」だから交渉に慣れているという結論につなげたのですが、本当にそうなのでしょうか。よくよく自分の人生をふりかえると、交渉しなければならない状況が、仕事(難民の保護)や私生活(自分の安全のために、また途上国での買い物の際に値切りをする)でよくあったから、自然と交渉することを学んだかと思います。現在、平和ボケしてしまった日本では、交渉をしなくても生けていけるかもしれませんが、外国の危険・不安定地域では、交渉力=サバイバル力につながりますので、皆さん、ぜひ普段の生活において、ハンガリー精神を持ちながら交渉することを心がけましょう。
3週間続いたJICAのアフリカ仏語圏平和構築研修が2月3日に終わりました。「歴史」(将来に向かうために歴史を見直す重要性)、「人々」(犠牲者や市民の痛みを知る重要性)、「行政」(平和構築における行政の重要な役割)の3つのコンセプトを基にした本研修の内容づくりには3年前から関わっています。アフリカ紛争(後)の国々(ブルンジ、コンゴ民主共和国、ジブチ、チャド、中央アフリカ共和国)の司法や治安関連の政府役人に日本の戦後復興の教訓を学んでもらい、それぞれの国の平和構築に役立ってもらおうというものです。3週間のプログラムののうち、今回私は1/3しか参加できなかったのですが、感想を簡単に書きたいと思います。
JICAの関係者、そして研修生の皆さん、お世話になりました。そしてお疲れ様でした。本研修が少しでもアフリカの平和構築の努力に役立つことを願っています。
- 参加者11人の内、2人(女性)がチャドの「平和と和解を求めるモニタリング委員会」というNGOに属しています。本研修への市民社会出身の参加者は初めてだったのですが、行政の人と違って大変パワフルで厳しく、議論もぐんぐんリードしてくれました。例えば、ジブチの行政官が「ジブチでは暑いこともあり、午後は仕事しない。本研修は朝から晩まで講義が詰まっていて疲れた。午後は休ませてくれたらよかったのに」と愚痴ると、チャド人女性が「何言っているの、緊張感の中で仕事をしないと!チャドだって暑いけど、私たちは働いているわ!」とびしっと叱ってくれ、ファシリテーターの私としては大変心強い思いでした。こういう時、外国人の私が介入するより、アフリカ人同士が注意しあう方が効果的です。やはり最終的に頼りになるのは、市民社会、しかも女性!これは日本も同じですね。
- アフリカ人同士の議論というと、JICA研究所のコンゴ人研究員による日本の勤勉や団結力や教育熱心さなどのフリートーキングをしてもらったのも良かった点です。この研究員は、大変まじめで責任感の強い性格の持ち主。日本人が日本のいいところを話しても、「日本では機能しても、アフリカはどうせだめだ。。」とAfripessimism(アフリカ悲観的)になるアフリカ諸国の人が多いのですが、日本のことをよく知っているアフリカ諸国の人(しかも講師が、経済的に発展している南ア等の人ではばく、失敗国家(失礼!)のコンゴ人だから、さらに効き目があった)が話すとかなり説得力がありました。研修生も多少Afroptimismになったと思います。
- もちろん日本のいいところだけでなく、負の遺産や課題も研修生に見せました。見学した「女たちの戦争と平和のミュジアム」は慰安婦問題を取り扱っており、日本が被害者だけでなく加害者であったことを説明しています。研修生から「自国(コンゴ)では性的暴力が続き、世界のレイプ中心地と呼ばれている。慰安婦と同様なことが起きている」「戦争がなくても、性暴力はアフリカでは日常的に起きている。我々の手で何とかしなくては!」「アフリカでは負の遺産の歴史を消そうとする傾向があるが、ここのように博物館を建て証言を集め、次の世代に伝えないと」といった活発な意見交換がされました。またこのような日本の恥である問題をオープンに見せたことに関して、研修生数人から感謝されました。日本の強みや成功例だけを見せると、他に何か隠しているのではないかと疑うからです。実際にある研修生が自国の問題を触れなかったら、「貴国が多くの問題を抱えているのは知っている。かっこつけてどうするんだ」と他の研修生から苦情がありました。個人レベル、あるいは国家レベルで信頼関係を築くには、やはり負の遺産を含む過去や現在の問題ときちんと直面し、誠実になることから始まりますね。今の日本政府も経済や技術力だけに頼らずに、歴史と向き合って対処してもらいたいものです。
- 弁護士の伊藤真氏による憲法の講義も評判がよく、あるオブサーバー(日本人)のコメント「人間の安全保障の講義より憲法の方がずっと理解しやすい」が印象的でした。私も実はこのあいまいな「人間の安全保障」の概要は理解していなく、それよりも憲法9条を日本政府の外交柱として取り上げてた方が日本人・外国人にとってどんなに効果的でわかりやすいことだろうかと思っています。
- 最後に、羽根拓也氏(アクテイブ・ラーニング(株)社長)による能動的学習法と、船田クラ―センさやか先生(東京外大)による紛争転換(トランセンド)のワークショップは大変人気があり、母国でさっそく実施したいと言う研修生がほとんどでした。やはり参加型形式は一方的な講義と違って、開脳・活性化するきっかけにもなるので、いつも評判がいいですね。私も大学ではなるべくそうするように心がけています。話はそれますが、一般の就職セミナーは大学卒業直後の短期的な出口の話しかせず、かつ講義が多いのですが、逆なこと(参加型を通して、長期的に人生の目標や価値観を見直す)をすれば、学生の生きる・働く意欲が高まると思うのですが。。。話は戻って、今後の紛争転換の課題は、上記のチャド人がお願いしたように、独裁者や武装勢力といった権力者とどう闘うか、また野党と与党間といった政治的なコンフリクトの転換法ですね。うーん、これはさやか先生も私も現在現実に直面しており、お互いに勉強中。Trial and errorを重ねて、将来チャドやコンゴでぜひ活用したいものです。
JICAの関係者、そして研修生の皆さん、お世話になりました。そしてお疲れ様でした。本研修が少しでもアフリカの平和構築の努力に役立つことを願っています。
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HN:
米川正子
HP:
性別:
女性
職業:
大学教員
趣味:
旅行、ジョギング、テコンドー、映画鑑賞、読書
自己紹介:
コンゴ民主共和国(コンゴ)やルワンダといったアフリカ大湖地域を中心に、アフリカでの人道支援や紛争・平和構築を専門としています。
過去にリベリア、南ア、ソマリア、タンザニア、ルワンダ、コンゴなどで国連ボランテイアや国連難民高等弁務官事務所職員(UNHCR)として活動。南アの大学院でコンゴ紛争について研究し、2007年―2008年には、コンゴ東部でUNHCRの所長として勤務したこともあり、その経験を活かして現在アドバカシ―に力を入れています。
過去にリベリア、南ア、ソマリア、タンザニア、ルワンダ、コンゴなどで国連ボランテイアや国連難民高等弁務官事務所職員(UNHCR)として活動。南アの大学院でコンゴ紛争について研究し、2007年―2008年には、コンゴ東部でUNHCRの所長として勤務したこともあり、その経験を活かして現在アドバカシ―に力を入れています。
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