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このニュースはたまたま在外コンゴ人から送られたのですが、なぜかこのニュースをどの通信社も取り上げていません。6月2日に死体が発見された人権活動家のFloribet Chebeyaのニュースの取り上げ方とは大違いです。(もちろんChebeya氏は27年間も働いたという実績もあるのですが)
おそらくこのように外部者が知らないところで、ひっそり殺害されているジャーナリスト、人権活動家、政治家がコンゴ周辺にたくさんいるのでしょう。あるいは毒を飲まされ、「心臓発作で亡くなった」として報道されるケースも。(実は毒を使用したケースがかなりあり、私もコンゴにいた時にその話をよく聞いた)
あまり知られていませんが、モブツ政権の時と違って、カビラ現政権ではジャーナリストや人権活動家は急速に殺されています。しかもいつものことですが、何の調査もされません。コンゴの人権状況に関する論文かエッセーを書きたいなと思っているのですが、まとまったデータがなかなか手に入らなく困っています。だれかどこかで持っていませんか?
運搬車から流出した石油を回収しようと住民が集まったために、必要以上に被害者が増えました。2002年1月にコンゴ東部のニィラゴンゴ火山が爆発し、溶岩がゴマ市に流れガスリンスタンドが爆発した時も、リスクを負いながら市民はガスリンを回収をして命を落としていました。
このように、荷物や乗客を積み過ぎて、あるいは道路が悪すぎて、トラックや飛行機が横転・墜落する事故はよくコンゴで起きています。どれも定員数などを守っていれば、あるいは道路の維持をしていれば避けられる事故ばかりです。
いつものことですが、人間って過去の教訓から何も学ばないなーといつも悲しくなります。もちろんこれはコンゴに限ったことではないのですが、特にコンゴではその頻度が多すぎる!コンゴ政府は独立50周年に浮かれるのでなく、事故防止のために動いてほしいものです。
ところで上記のニュースは、日本でも大きく報道されました。確かに大事故でありますが、戦争でも政治的な事件でもありません。今年1月から、そして特に5月以降コンゴやルワンダで政治的や人権侵害関係の大事件が続けて起きているのに、その報道は全くされていません。このようなニュースもどんどん取り上げて欲しいものですね。
GLOCOLセミナー(54)/「コンフリクトの人文学セミナー」第51回
◇ アフリカでの紛争解決 コンゴ民主共和国(DRC)の場合
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http://www.glocol.osaka-u.ac.jp/research/100709.html
【日時】2010年7月9日(金)17:00~19:00
【場所】大阪大学人間科学研究科東館106教室(吹田キャンパス)
【主催】大阪大学グローバルCOEプログラム
「コンフリクトの人文学国際研究教育拠点」
大阪大学グローバルコラボレーションセンター
【講師】フセイン・ソロモン教授、プレトリア大学政治学部(南アフリカ)
※英語講演(通訳なし)
【参加】無料・事前申し込み不要
コンゴ民主共和国(DRC)を事例に、なぜ紛争解決の取り組みがうまく
いかないかを考察する。まず、アフリカで失敗した紛争解決例から10の
教訓を紹介し、DRCでの和平を脆いものとしている理由を明らかにする。
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◆ 第55回 GLOCOLセミナー / 「コンフリクトの人文学セミナー」第53回
◇ アフリカにおける紛争後復興の課題
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http://www.glocol.osaka-u.ac.jp/research/100716.html
【日時】2010年7月16日(金)17:00~19:00
【場所】大阪大学人間科学研究科東館106教室(吹田キャンパス)
【講師】フセイン・ソロモン教授、プレトリア大学政治学部(南アフリカ)
※英語講演(通訳なし)
【参加】無料・事前申し込み不要
アフリカ開発のための新パートナーシップ(NEPAD)が2005年に打ち出した
紛争後復興政策フレームワークの内容や、紛争後復興に関する研究成果など
に言及しながら、そのあり方について考察する。
●講師紹介:フセイン・ソロモン
南アフリカ・プレトリア大学国際政治研究センター長、同大政治学部教授。
アフリカの紛争解決、移民問題、南アフリカの外交政策、国連改革、宗教的
「原理主義」などについての業績多数。
6月30日にコンゴ独立50周年記念式が行われ、「国王が4人、大統領が20人も出席した」という報道があったのですが、実はその半分の10人しか出席していませんでした。
ところで、当日9時に記念式が開催する予定だったのですが、それが2時間遅れました。単なる「アフリカン・タイム」ではありません。ルワンダのカガメ大統領の到着を待っていたのです。蒸し暑い熱帯気候の中で!ゲストの中には、(宗主国)ベルギー国王夫婦もいました。
なぜ時間厳守で有名なカガメ大統領が遅れたのかわかりませんが、「自分は(ベルギー国王よりも)権力がある(だから自分なしには記念式が始まらない)」ということを証明したかったのでしょうか。
2時間も遅れてきながら、カガメ大統領はカビラ大統領が演説している間、それを聞かずにJeune Afriqueという雑誌を読んでいたとか!ですから、コンゴ人の間で「コンゴは誰によって支配されているのか?カビラ、あるいはカガメか?」と言い合っているそうです。もちろん、後者なのですが。
そのルワンダですが、野党リーダーの新しい弁護士が逮捕され拷問されています。詳しくはRwanda: Kagame tortures opposition, arrests Ingabire's new lawyer
http://www.digitaljournal.com/article/294121
これからのルワンダの政情がますます心配です。
http://allafrica.com/stories/201006240615.html
この脆弱国家と聞いて、皆さんはどのようなイメージを持っていますか?「リーダーシップが(足り)ない」「汚職がひどい」でしょうか。私もコンゴに行くまでそう答えていたかもしれません。今はそれに加えて、「戦争犯罪人が国家を統治している」とも説明しています。これを聞いてびっくりする人もいるのですが、本当なんです。
だから、我々が「脆弱国家」と呼ばれる国に対して質のいい協力・援助をしても、それが必要としている人になかなか届かないのは当たり前です。どぶの中に金を落とすようなものですから。
そのような背景がわかるように、私は最近表現を変えなくてはいけないと思うようになり、脆弱国家でなく「腐った国家」と呼んでいます。もし他にいい呼び方があれば、教えてくださいね。
6月2日にコンゴ人の有名な人権活動家のフロリベ-・チェベヤ氏の死体が発見され、国内だけでなく世界からコンゴ政府への非難の声が高まりました(日本では残念ながら報道されていないのですが)。ベルギーの人権団体は「そんな時期に、なぜ国王はコンゴ訪問を?」と批判しているそうです。また、ルムンバ初代首相の息子らは今月になって、ルムンバ氏を暗殺したベルギー人12人を戦争犯罪人として告訴すると主張しています。ですから、ベルギー国王の訪問は大変おとなしく、特に公けに演説もしない予定です。
ところで、昨夜のDemocracy Now!で, "As Congo marks 50th anniversayr of independece, human rights abuse rise in Congo and neighboring Rwanda" という興味深いインタビューがありました。この2カ国をくっつけたのはさすがDemocracy Now!。この両国は切っても切れない関係にあり(というか親分、子分の関係。もちろんルワンダが親分です)、国単位で地域単位で政情などを見なくてはなりません。
その番組に、ルワンダで3週間逮捕されていた米弁護士のピーター・アーリンダー氏と、2006年のコンゴ大統領選挙に立候補したアラフエレ・カララ氏が出演していて、アーリンダー氏が「あなたは刑務所にいた時に、自殺未遂したそうですが」と聞かれて、「自分のことより、コンゴで1000万人が亡くなっているなど大事なことを話そう。アメリカはそのアフリカ大湖地域の軍事独裁を支援している。」と答えたのです。
なんて魅力的な人でしょう!アーリンダー氏は刑務所にいる間体調が悪くなり、入院を続けていたのにもかかわらず、常に他の犠牲者のことを考えているなんて!彼はまさしく私のヒーローです!アーリンダー氏のように勇気があり、弱者や犠牲者のために闘う人が増えれば、この世の中は少しは平和になるのですが、それって夢の夢のことでしょうか。
http://www.books-sosei.com/sp/congo2.html
創生社が「コンゴの啓蒙キャンペーン」にこんなに協力的で、私も感激です(涙)。本当にありがとうございます!
また、国際開発ジャーナル7月号(p.76)にも、著書が紹介されていますので、ご覧になってください。
いよいよ明日30日はその独立50周年記念日ですが、28日にベルギーの国王が25年ぶりに首都キンシャサに来て盛り上がっているよう。その一方で地方では、「公務員の月給が来ていないのに、祝福するどころではない!」と記念式のボイコットをしている人たちもいます。
コンゴにいた時思ったのですが、コンゴ人は記念式、選挙、コンサートといった大きな行事の実行はうまいのですが(というか、「何とかやりくりせよ」の精神でやっている)、そのエネルギーを日常生活にもうまく使えば国も多少発展するのになー。今回のW杯でも、「市民がテレビ観戦できるように、電気の配給は24時間する」と電気公社は言っているのですが、「それって日常的にも当然のようにやってください!と言いたいですよね。
要するに、コンゴ人は今日、明日という短期的な視点でしか行動をしていないのです。30日の記念日だけでなく、その後の50年をどうするのかという長期的な視点でもってほしいものです。
大津司郎さん(ジャーナリスト)と私の著書の記念(大津さんのは「アフリカン・ブラッド・レアメタル」(無双舎)、そして30日のコンゴの独立50周年記念を機に、6月22日に東京都内で、「コンゴの過去を振りかえ、コンゴの今と今後について考える会」を開催しました。大津さんと私が主催、ヒューマンライツウォッチ(HRW)が協力して下さいました。
日本を代表するコンゴやアフリカ関係者(といってもそんなにいないのですが。。。。人道支援者、開発援助者、ジャーナリスト、人権活動家、研究者(学生)など)を中心に30人来られたのですが(在日コンゴ人4人も含む)、中には大阪(Virgil Hawkinさん)や名古屋(久野武志さん)からも来てくださって、つくづくコンゴ関係者という日本では非常にマイノリテイーなグループの団結力は固い!と嬉しく思いました。そのおかげで、集まりは大変熱いものとなりました。
実は私と大津さんは1996年からの知り合いです。その頃、私は当時のザイールやタンザニアから(選択肢なく半強制的に)帰還する難民をルワンダで受け入れていました。そこへ、取材のために大津さんはやってきて、それ以降も、コンゴ、ケニア、日本で時々会い、アフリカ・大湖地域の現状に関して意見交換していました。
今回、大津さんが4月に、そして私が5月に著書を出版したのは全くの偶然です。本の内容も、彼のは1994年ー1996年のルワンダーザイールが中心で、私のは2007-2009年で、2冊読めばちょうど補足しあっています。ちなみに、アマゾンや今月発売の雑誌Days Japanには著書2冊が一緒に紹介されています。
anyway, コンゴの集まりですが、、、
大津さんは「アフリカは戦争、援助、ビジネスなどのfrontline。その背景を追いかけると、元気のない、policyのない日本に戻ってくる」という話をしました。
私はコンゴの人権やimpunityという重~いテーマについて話しました。このimpunity,日本ではなじみのない言葉ですが、コンゴ東部では日常的言葉です。「処罰が受けられない状態」という意味で、人権侵害を犯しても処罰がない、そしてそれが普通になっているため、culture of impunityという文化にもなっています。人権侵害者(戦争犯罪者、人道を反する罪を犯した人も含める)が裁かれないだけでなく、そのまま政府や軍隊の幹部などに昇進して国家を統治するのです。
これを恐ろしいと思いませんか?
もし皆さんの周りにこのような人権侵害者がうろうろしていたら、どのように感じますか?もちろん恐怖心で一杯ですよね。コンゴ東部の市民は下手すると一生そのような環境で生きているのです。そして、その現実(豊かな資源の存在が紛争の長期化の要因のひとつになっている)と日本は無関係ではないのです!そしてこのimpunityがある限り、我々外部者がどんなに質のいい協力・援助をしたとしても、それは無駄になるのです。何しろ、援助などが紛争の資金に簡単に変形するわけですから。
HRW東京デイレクターの土井香苗さんは、世界の中でもコンゴの人権侵害のひどさ、真実を知りたいという被害者の切望、したがって裁くことの重要さなどを話しました。
そのあと、「今回の集まりのキーワードはimpunityなのでは?」と思うほど、次から次へとフロアからimpunityの問題について熱心な議論がありました。かわいそうなこと(難民、貧困など)はOKだが、impunityは記事にならない(しかし小さな記事でも政治家は読んでいて、影響力はあるので、書いてくださいとエールが)、現地で人権侵害が起こっても、人道支援団体はなかなかそれが口に出せない、impunityには経済制裁より政治的圧力の方が効果的、ボスニアとコンゴの処罰の度合いの違いなど。
最後に、大津さん、土井さんと私から、参加者への提言を共有しました。日本政府はアフリカ政治を(裏を含めて)正しく理解し人権外交をめざす、人道支援・開発援助機関は現地の人権を尊重するように、日本政府に働きかける、メデイアや研究者はもっとアフリカの人権問題について取り上げるべき、人権団体はアフリカに関する声明などを速やかに和訳する、民間企業は社会的責任をまっとうするなどなど。いろんな方から同意、あるいはコミットメントがありました。
これからも時折このようなコンゴの有志の会を開催することにしました。次回の集まりはぜひとも国家議員や外務省の方も呼びたいものです。(今回招待したのですが、タイミングがよくありませんでした)
参加者からは「impunityという単語を初めて聞いた」(ジャーナリスト)、「人権を研究したいと思うようになった」(学生)、「コンゴの真の問題を話してくれてありがとう」(在日コンゴ人)といったコメントが。大変実のある会だったと思います。
これが開催できたのも、ロジ・モデレーターを担当してくれた舩田クラーセンさやかちゃん、そして彼女の学生たちです。本当に本当にありがとうございます!そして忙しい中来てくださった土井さんや参加者にも感謝!
この集まりの様子がわかるように、写真を載せたいのですが、なぜかうまくいかない。。。次回まで待ってくださいね。
http://www.france24.com/fr/20100316-oublies-katanga
私もコンゴにいた時は、このような子どもたちがいること、そして彼らが日本大使館に行ったのにもかかわらず(何を求めていたかは不明)相手にされていなかったことは聞いていました。でもまさか殺されているなんて!驚きと共にショックでした。本当にそこまでする必要はあったのでしょうか。
これが本当であれば、まさしく「臭い物には蓋をする」ですね。日本政府といい、鉱山会社といい、徹底的に調査をし、きちんと対処してもらいたいものです。
残念ながら、日本のメデイアはほとんど英語圏のニュースしか流さないので、皆さんに伝えるために、友人の坂井真紀子さんに和訳を頼みました。真紀子さん、どうもありがとう!
カタンガの忘れられた子供たち
映画「ソウル・パワー」を舩田クラーセンさやかちゃんと観に行ってきました!
舞台は1974年、ザイール(現コンゴ民主共和国)の首都キンシャサ。モハメド・アリ対ジョージ・フォアマンの世紀の一戦“キンシャサの奇跡”にさきがけ伝説の音楽祭“ザイール '74”が行われ、“
1974年といえば、脱植民地化の動きとともに、公民権運動、ブラック・パワー運動などが興隆した「激動の1960年代」の後ですから、その意味で活気があったんでしょうね。ザイールがアフリカサブサハラ最初の国としてW杯に参加したのも1974年で、まさに黄金時代でした。
当時は黒人が大統領になることは想像ができなかったので、その意味でオバマ政権の誕生は重要な意味をもつことを改めて再確認しました。
それはともかく、ジェームス・ブラウンの歌といい、踊りといい迫力たっぷり!映画を観ながら体がムズムズしていました。鑑賞をぜひお勧めします。
公式サイトは下記まで。
http://www.uplink.co.jp/soulpower/
ところで皆さん、1974年にザイール(当時。1997年にコンゴ民主共和国に変わるまでの国名)がサブサハラアフリカの最初の国として、W杯(ドイツ大会)に参加したのをご存知ですか。といっても、ユーゴスラビアに9-0でボロ負けにされたのですが(W杯歴史的記録らしい)。。。:( 詳細は下記まで。
http://en.wikipedia.org/wiki/1974_FIFA_World_Cup
その年は何とハイチも参加したのです!今年1月に大地震で被害を受けて、私も国際NGO・JENで人道支援で現地に行ったのですが、その国のチームも当時強かったなんて驚きです。
今年のW杯特集では南アばかりが注目されていますが、アフリカ大陸初のW杯でもあり、また今年はアフリカ17か国が独立してから50周年という年でもあります。だから、「W杯とアフリカの歴史」のようなTV番組があればいいのになーと思いました。もし既に放映されていたらごめんなさい。
http://af.reuters.com/article/somaliaNews/idAFN0916742320100609
ドス氏はイギリス人、その前任者のスウィング氏(William Swing)はアメリカ人であったので、また特別代表がアメリカ人に戻ったということです。このアフリカ中部・大湖地域は(特に資源が豊富なコンゴにおいて)実質上アメリカ人・イギリス人が握っているので、この人選は理解できます。(詳細は著書『世界最悪の紛争「コンゴ」』のxivページをご覧ください)
ちなみに、イギリスの元ブレア首相はルワンダのカガメ大統領のアドバイサーであり、現在ルワンダにいます。
家族と同僚はチェベヤ氏の葬式を今月30日(コンゴの独立記念日)に行いたいのですが、今年は独立して50周年を迎え、宗主国ベルギーの国王も祝福のために30日に首都キンシャサに来る予定です。コンゴ政府にとってその大事な日に、独立と関係ない大きなイベントが行われると、市民の大衆がそちらに行ってしまう恐れがあるため、当日の葬式の計画も止めようと脅迫をしているのです。
ところで、モブツ大統領政権時代(32年間)に比べると、現在のジョセフ・カビラ大統領政権時代(今年で9年間)の方が殺人事件や人権侵害は圧倒的に多く、ほとんど(というか全部かもしれない)調査はされていないとのこと。その典型的な例が、2001年1月16日に暗殺されたローラン・カビラ前大統領。ローランとジョセフは親子関係のはずなのに、その息子が父親の暗殺の調査を積極的にしないのは変だと思いませんか?
話はコンゴの独立記念日に戻りますが、600万人の死者を生んだ「コンゴのホロコスト」を考える企画が開催されます。
日時: 6月30日 (水) 1200-1630
会場: 東京四谷ひろば(〒160-0004 東京都新宿区四谷4丁目20 東京都 新宿区 四谷4丁目20.)
http://www.mapion.co.jp/phonebook/M13007/13104/21331556041/
主催:Patriotique Congolais
その夜はコンゴ大使館が主催する豪華な夕食会があるとか。哀悼と祝福が同時にあるという混乱した日です。
Floribert Chebeya(フロりべ・チェベヤ)氏の死はコンゴだけではなく、国際社会も注目している大事件です。
ちなみに、1994年以降殺されているジャーナリストと人権活動家は、チェベヤ氏を含めて15人に上ります(女性1人含む)。
私はコンゴに通年4年いましたが、仲のいいコンゴ人の友人も私の前で政府をなかなか批判できませんでした。みんなきっと報復を恐れていたのでしょう。逆に国外にいるコンゴ人は、オープンに政府批判をしていました。
よく批判を悪いものとしてとる人がいますが、私は前進・改善するためにいいアドバイスとして受け止めています。だから批判という表現の自由がないと、当然good governanceは生まれないと思います。残念ながら、この”good governance”はコンゴにおいてジョークのようなものです。
http://www.hrw.org/node/90781
この事件でヌンビ警視総監は5日に職務停止になったので、ビゼンギマナ副総監が代行をしている。
http://allafrica.com/stories/201006060016.html
この二人がまたとても怪しい人物である。前者はカビラ大統領とルワンダのカバレレ防衛大臣と仲が良く、2009年1月のコンゴ・ルワンダの対FDLR(反ルワンダ武装勢力)の合同掃討作戦の際、裏方で操っていた。後者は、元モブツ大統領の官房長ビゼンギマナの息子である。父ビゼンギマナは、ルワンダ(ツチ)難民であり、当時大統領に次ぐ権力の保持者であった。現在も、この大湖地域(コンゴ、ルワンダ、ブルンジ、ウガンダとタンザニア)ではルワンダ(ツチ)の影響力は相当ある。
これからの動きが気になるー。
ところで今回の事件で、コンゴ人の間でいろんな意見が交っている。
「我々コンゴ人は世界の中で一番ナイーブな国民だ。このような人権侵害に対して、もっと声を上げないと」「コンゴやアフリカでは、人権の保証はない」「我々は人権侵害に慣れ、頭がマヒしている」
私はコンゴ紛争が再燃した2007-8年にコンゴ東部にいたのだが、いろんな人が資源を不法に搾取し、利害と貪欲が集中していた場であった。何が正常で何が異常なのか分からなくなるほど、頭が狂いそうになった。だから、上記のコンゴ人の意見はわかる。こういう時こそ、外部の者が人権の重要性を訴えないといけない。
http://hrw.asablo.jp/blog/2010/06/04/5138237?utm_source=twitterfeed&utm_medium=twitter
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過去にリベリア、南ア、ソマリア、タンザニア、ルワンダ、コンゴなどで国連ボランテイアや国連難民高等弁務官事務所職員(UNHCR)として活動。南アの大学院でコンゴ紛争について研究し、2007年―2008年には、コンゴ東部でUNHCRの所長として勤務したこともあり、その経験を活かして現在アドバカシ―に力を入れています。